〈27〉謎の一団
「くそっ!!」
シェインはそう吐き捨てると、レイヤーナ兵の剣を弾き飛ばした。けれど、その途端に、どこからか飛んだ鞭に腕を絡め取られた。ギリ、と腕が軋むほどに締め上げられ、鬱血して行く。それでも剣を取り落とさずに、鞭の柄を握る手もとをにらみ付けた。
「いい目だ。けれど、私たちとやり合うには、少々力不足だな」
フィベルがレヴィシアの要請により、塔の内部に借り出され、外の守りが手薄になった。それでも、なんとか善戦していた。ティーベットや、渋っていたニカルドでさえも協力してくれて、塔の警備兵をなるべく殺さずに戦闘不能に追い込んでいた。
そう――先ほど、援軍がやって来るまでは確かに善戦していたのだ。
このレイヤーナ側の援軍、特によく似た容姿をした二人の男が頭抜けて強い。
一人は剣を使い、もう一人は暗器を使う。その二人は、自分たちの手に余った。
フィベルやユイが戻って来られないとなると、勝敗は考えたくないが、時間の問題だ。
剣術使いの方は今、ティーベットとニカルドが二人がかりで押さえ込んでいるけれど、それもいつまで持つかわからない。
ただ、人の心配をしている場合ではなかった。この状況では、誰よりも先に自分が逝くことになる。すでに何名かはこちらも負傷者が出ていた。
「……悪いが、オレはここまでかとか思いたくないんだ。意地汚く生きるって決めてるからな」
切れた頬から滴った血の味がした。けれど、それこそがまだ生きている証拠なのだと笑う。
過去にはもっと悲惨な目に遭い、生死の境をさまよったことだってある。それでも生きているのだ。こんなところで死ねない。死にたくない。
「なるほど。それはいいことだ」
敵は、心底楽しげに笑った。するり、と鞭に込めていた力を抜く。
「……なんのつもりだ?」
「このまま串刺しでは呆気ないからな」
「ああ、そう」
情けをかけられたというよりは、遊ばれているのだろう。向こうはそれほどまでに余裕を持っている。
どうしたって勝てない。それはわかりたくないけれど、わかっている。
こんな時、どうしたらよいのか。
腕の一本くらい失くしても、生きていられるのならそれで我慢するべきか。
シェインは覚悟を決めて、微かに痺れの残る手で剣を握り締めた。
※※※ ※※※ ※※※
白亜の塔を背に、二人の巨漢は荒く肩で息をして立っていた。
潮風の中、激闘を繰り広げた彼らは、新たに現れた援軍に手こずっていた。
それは、二人のよく似た男である。彼ら二人が相手取るのはそのうちの一人、剣術使いの男だった。
怪力のティーベットも、元軍人のニカルドも、腕には覚えがある。けれど、この男の相手は荷が勝ちすぎた。自分たちよりもひと回り小さな体躯だが、まるで隙がない。
ここまでになるには、どれほどの鍛錬を積み重ねて来たのだろうか。生半可なことではなかったのだろうと、敵ながら賞賛せずにはいられないほどだ。けれど、今はそんなことを言っている場合ではない。
どうすれば、この場を切り抜けられるのだろうか。
ティーベットは傍らのニカルドにささやく。
「おい、このままで勝機はあるか?」
ニカルドは低く、うなるような声をひねり出した。
「残念だが、ある、とは言えない」
まるで流れる水のように、流麗な剣の軌跡は、防ぐだけで精一杯で、まるで反撃ができない。その間にも、他の仲間たちだって戦っている。援護に回りたいけれど、二人がかりでこのざまだった。
この時、ティーベットは覚悟を決めた。
「……ニカルド、お前は他のやつを助けに行け。ここは俺が食い止めるから」
「何を……。死ぬぞ?」
ニカルドは汗の伝う顔を険しくした。
「それでも、ここで俺たちが手間取ってたら、若いやつらが死ぬ」
ここには経験の浅いメンバーたちも多く参戦している。ニカルドは言葉に詰まった。
ティーベットは、正面の敵を見据えたまま、小さく笑う。
「後、頼んだぞ」
その言葉に、ニカルドは奥歯が砕けるほどに強く歯を食いしばった。そして、口を開きかけた瞬間に、その異変は起こった。
最初に気付いたのは、叫び声だった。その声は、レイヤーナ兵のものであった。彼らの背後から、所属が判別できない謎の集団が飛び出して来たのである。
数は精々十数人。決して多くはない。
けれど、彼らは恐ろしく強靭だった。
その筆頭である青年は、自分の背丈よりも長い棒を手に、兵をなぎ払ってこちらに向かって来る。鮮やかな身のこなしは、間違いなく達人であり、息ひとつ切らさず駆け上がって来た。
レイヤーナの剣術使いは、兵士が倒れた後に佇む青年を目の当たりにして眉根を寄せた。
「お前は……レジスタンスの援軍か?」
鍛え抜かれた体をした青年は、にやりと不敵に笑う。顔立ちこそ平凡だが、その瞳の奥は、ぞっとするほどに強く輝いている。
「まあ、そのようなものだ。あんたみたいな剣豪とやり合える機会なんて、そうそうない。そう思えば、来てよかったな」
ヒュン、と手にした棒を振るう。どこか、野生の獣を思わせる伸びやかさだった。
――この集団が何で、何故助けてくれるのか、状況はわからない。けれど、この男を任せられるだけの力量を持つ青年が敵ではないというのだから、これ以上ない救いである。ティーベットとニカルドは、この隙に他の仲間たちの援護に走った。




