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Full of the moon  作者: 五十鈴 りく
Chapter Ⅵ

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235/311

〈23〉音色の導き

 ゼゼフとプレナ、エディアの三人は、王国の北部にある、小さな漁村にいた。

 ここが、あの王弟を幽閉している塔から最寄の村なのである。宿の窓から見上げれば、あの白亜の塔が鎮座している。もうすでに、戦いは始まっているのだろうか。


「じゃ、じゃあ、ふ、ふた、二人とも、ここにいて。ぼ、僕、い、行くから」


 精一杯、勇気を振り絞ってそう言ったのだと思われる。涙を浮かべながらも、ちゃんと決意をしたゼゼフを、二人は心配そうに見つめ、その無事を祈りながら送り出した。


 一人、重大な任務を背負って歩き出す。

 ゼゼフは二人と別れた途端、心細さからやはり泣いてしまった。けれど、なんとか涙を拭って歩き出す。



         ※※※   ※※※   ※※※



 ゼゼフの帰りを待つまでの間に、せめてこの場所で情報を集めてみようと思い、エディアは宿の外に出た。

 小さな漁村はのどかで、近くで戦いが繰り広げられているとは思えなかった。もしかすると、まだ何も起こっていないだけかも知れないけれど。

 人と人との命のやり取りが近くで起こっているとしたら、この村の人々もさすがに不安になるだろう。


 人々の心が安らかであるためには、早くこんな戦いは終わらせてしまいたい。

 そして、共に戦うことができないのなら、戦いから戻った仲間たちを癒したいけれど、それも自分には難しいことのように思われた。何をしても、いつも気持ちだけが空回る。


 そうして歩いていると、昼間の漁村には不釣合いな調べが耳に届く。昼間から音楽を奏でているような優雅な身分の者など、この漁村にはいないだろうに。

 それでも、その音色に導かれるようにして歩くと、その広場の一角に子供たちが集まっていた。エディアと同じように、音楽に誘われて来たのだろうか。


 地面にあぐらをかいて座り、その卵を縦に割ったような形をした撥弦楽器を掻き鳴らしているのは、青年と少年の中間のような人物だった。閉じたまぶたの下には、破れたような傷がある。

 音楽は、人柄を映し出す。だから、この、子供たちが集まる明るい音色を奏でる彼は、朗らかな人物なのではないかと思った。


 エディアは、子供たちの背後で、その音に聴き入っていた。

 そして、気が付けば、口ずさんでいた。

 知った曲ではないから、歌詞など知らない。ただ、自然に口からこぼれたものだった。

 演奏が終わるまで、エディアの意識は夢の中にあるような感覚だった。だから、最後の一音で我に返ると、ひどく恥ずかしくなった。演奏者である彼も、子供たちも、皆エディアの方に顔を向けていた。


「あ……ごめんなさい」


 自分でも顔が赤いとわかる。けれど、彼はにっこりと微笑んだ。


「ほら、歌の上手なお姉さんに拍手!」


 無邪気な子供たちは、素直に拍手と賞賛をくれた。エディアはどうしていいのかわからなくなってしまう。


「じゃ、解散! またな」


 と、彼は子供たちに手を振り、最後の一人を見送ると、くるりとエディアに向き直る。ニコニコとひたすらに笑顔だった。


「いや、おれ、旅の途中なんだけど、ウードを担いでたら子供たちが寄って来て、聴かせてくれってせがむから弾いてたんだ。お陰で仲間たちに置いて行かれたけど」

「そうだったんですか。じゃあ、すぐに追いかけないと」

「もちろんそうなんだけど、お姉さんに会えたし、無駄な寄り道じゃなかったよ。すごく、きれいな声だ」


 正面からそう褒められると、どう答えていいのかわからない。自分は本当に、かわいげがなくてひねくれているのだと思う。それでも、今は当たり障りなく礼を言う。


「ありがとう……」


 照れ隠しにうつむくと、彼は急にエディアの手を握った。突然のことだったので、ただおろおろと困惑するばかりだ。


「あのっ」

「おれ、ほんとに今は時間がないから行かなきゃいけないけど、絶対もう一度会いに来るから。名前だけでも教えてほしいんだ」


 そうは言うものの、今は活動の真っ最中で、会いに来られても巻き込んでしまう。ただ、困るだけだ。歌声を気に入ってくれたことは嬉しいけれど、この状況では、悠長に歌っている場合ではない。


「ごめんなさい、今、私も忙しいから」


 エディアはその手を振り切って駆け出した。彼も追いかけて来る暇はないのだろう。その出会いは、それきりのことだった。

 

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