〈21〉白亜の塔
北の海岸沿いにそびえる、灯台のような白亜の塔。
あの天辺に辿り着くこと。それこそが、改革への道である。
王弟その人に会い、まずは話を聴いてもらわなくては。
ただ、今のレヴィシアにはその屹立する塔の高さを、少し離れた位置から見上げるだけで疲れてしまうのだった。雨が止んだことだけが不幸中の幸いだろうか。
ぐらぐらする頭をまっすぐに戻すと、木々の間に潜んでいたザルツが静かに言った。
「ネストリュート王子は今、レジスタンスの鎮圧のため、各地を回っているらしい。少なくとも、今、この場にはいない」
「そう、だね。でも、急がなきゃ」
騒ぎを聞き付け、駆け戻って来る可能性もある。それまでに、ことを済ませなければ。
「……いくらネストリュート王子がいなくても、護衛は残してる。現に、ここから眺めただけでもレイヤーナ兵が多く混ざってるからな。ヤールとかいうやつじゃないといいんだけど」
サマルもそうぼやいた。
非戦闘員であるザルツ、サマル、アーリヒ、レーデは、馬車と共にこの場で待機だ。これ以上近付いて、兵士に発見されては元も子もない。
「じゃあ、行くね」
レヴィシアは笑って彼らに言った。その背後に、ユイとシーゼが続く。
もうすぐ、潜んでいる仲間たちが動き始める。日が高く昇り、塔の影を短く消し去った頃、合図となる甲高い笛の音が響いた。
塔に集った仲間たちは、兵士の数とほぼ変わらない。正面から堂々と歩む。
「敵襲!!」
警備兵の野太い声が、潮騒の中で響き渡る。
フィベル、ティーベット、シェインといった戦闘員たちが筆頭となり、レヴィシアたちのために道を開く。ただし、なるべく殺生は控えろという。外に残る彼らにとって、今回の作戦は生易しいものではない。
「構うな! 先を急げ!!」
混戦の中、シェインのそんな声が耳に届く。その後は、金属のぶつかる音と、人の悲鳴、どこかから射掛けられる弓矢の音、そんな戦いの声だけが響いた。
彼らの無事を祈りつつ、レヴィシアは駆け出す。早く塔を制覇し、王弟に会うこと。それだけを考え、急ぐよりない。
仲間たちが剣や槍を持って切り開いてくれた道を上り、三人は塔の扉の前に行き着く。その場にいた兵士たちが剣を構えるが、レヴィシアを庇うようにして前に出たユイが、流れるような動きで剣を振るい、彼らを地面に這いつくばらせる。レヴィシアたちの背後から、三人を追って上って来た兵士の一人が雄たけびを上げて剣を振りかぶったが、そこはシーゼが、銀色の一閃でなぎ払った。
細く鋭いエストックの剣先が、レヴィシアにも見えなかった。初めて目にした戦うシーゼの素早さに惚れ惚れしてしまうけれど、今は見惚れている場合ではない。
「レヴィシア、こっち!」
「あ、うん」
シーゼに促されるまま、ユイが平らげた兵士たちをすり抜ける。そうして、首から下げていた鍵を、服の下から引き出した。真新しい合鍵を持つ手が震える。それを両手で押さえながら、レヴィシアはその鍵を回した。
カチリ、と解錠の音が鳴り、ユイは警戒するように先になって自らの手で扉を開く。
中は吹き抜けに螺旋階段。その高い高い天窓から落ちる光が、柔らかく床に降り注ぐ。
その階段の密着するところどころには、他の部屋に繋がるのか、扉があった。けれど、目指すは天辺の部屋のみだ。
レヴィシアは天井を見上げると、それから首を戻し、ユイとシーゼとうなずき合った。
警備の兵はいない。兵士どころか、小間使いさえも。
潜んでいると考えるべきか。
ここは慎重に進むしかない。ユイを先頭に、三人は石畳の床を歩んだ。外の喧騒がどこか遠く、三人は自分たちの足音さえも聞くことが出来た。それほどまでに、中は静かに感じられる。塔の堅牢な造りのためだろう。
けれど――。
気付けば気配も何もなく、ただそこにいた女性の微かな笑い声がその場に響き渡る。その、どこか無邪気で朗らかな声音には覚えがあった。
心臓が、きゅっと締め付けられ、レヴィシアは足を止める。見上げた先の螺旋階段の上から、彼女は体重など感じさせない軽やかさで床に下り立つ。
ネストリュート王子やハルトがこの場いない今、彼らの側近らしき彼女がここいることに驚きを隠せない。
あの王子がここまでジュピトの警護を重要視し、彼女を残したと読み切れなかった。彼女は、並みの兵士の比ではないのに。
ユイはレヴィシアを背に庇い、少し強張った声でレヴィシアとシーゼに背を向けたままで言った。
「……少し離れて、隙を見て塔から出るんだ」
きっと、上にも兵士は控えている。ユイがここで足止めをされてしまっては、それを退けられる自信がない。もしかすると、ヤールという男がいる可能性もある。
ただ、ユイが言うように、塔から出ることも、今は困難だった。彼女が下り立ったのは、扉の前である。立ち塞がる彼女を退けなければならない。
いくらユイでも、苦戦するだろう。それに、兵士がこのフロアに下りて来たら一貫の終わりではないだろうか。
彼女もそのことをわかっている。だから、楽しそうに笑い声を立てた。
「うん、男前のおニイさん、あなたの相手はあたし。それじゃあ、始めましょうか?」




