〈20〉どうしよう
「ど、ど、ど、ど、どうしようぅぅ」
泣き出しそうな顔――すでに泣き出した顔でゼゼフはうろたえていた。それを、背後からフーディーが杖でぽかりと殴る。
「落ち着けぃ」
涙は止まったようだが、ついでに意識が飛んだのではないかと思われる。そんな彼を尻目に、プレナは軽く唇を噛んでから口を開いた。
「リュリュちゃんは中庭でユミラ様と別れたらしいの。ユミラ様の性格から言って、みんなが心配するとわかっているのに、黙って外出するなんてあり得ないわ」
エディアもうなずく。
「そうですね。ひと晩経っても戻られないなんて、何かあってのことです。すぐに公爵様とレヴィシアさんたちに知らせるべきでしょう……」
公爵は現在王都である。こちらには、屋敷の人々が知らせに走ってくれるだろう。
ただ、問題は塔に向かったレジスタンスの面々である。ユミラが攫われたのだとするなら、すぐに居場所を突き止めて助けに行かなければならない。一刻を争う事態だが、彼らに近付くことができるだろうか。すでに戦闘が始まっていなければいいのだが。
この場に残っている構成員は後方支援の第二班、女子供、老人の非戦闘員ばかりである。
「問題は、どうやって知らせるか、だよね」
はあ、とクオルがため息をついた。そうして、プレナが再び口を開く。
「……私が行きます」
「えぇ!!」
それぞれが声を上げ、その提案を呆然と考えた。
「だ、駄目ですよ! プレナさんに何かあったら、ザルツさんに申し訳が立ちません。それくらいなら私が行きます」
エディアまでそんなことを言い出す。
「うら若い乙女を行かせるくらいなら、この枯れた老人が行く方がマシだろうに」
「え? フーディー、絶対辿り着く前に死んじゃうって。それくらいならボクがひとっ走りした方がいいんじゃないの?」
クオルも身を乗り出す。
そんな時、ようやく意識を取り戻したゼゼフがうめくと、皆がいっせいにそちらに目を向けた。
「え? ええ?」
わけもわからないまま、慌てふためいているゼゼフに、フーディーはスッと目を細めて言う。
「よくよく考えてみると、ここに健康な若い男がおるではないか」
「へ?」
「それは……そうなのですが」
エディアの歯切れが悪い。いくら健康な男性とはいえ、ゼゼフに重要な連絡を託すことに不安が拭えないのだろう。
「やっぱり、私が……」
結局、プレナがそう言い出し、急を要するというのに堂々巡りだった。クオルは突然にあー!! と叫ぶ。
「そんなこと言ってる場合じゃないよね!?」
正論である。
「ゼゼフ!!」
「は、はい?」
ゼゼフはクオルの剣幕にかしこまって返事をする。そんな彼に、クオルはビシ、と指を突き付けた。
「ゼゼフはやればできる! ボクが保証するから、行って来い!!」
「えぇえぇぇ!?」
意味がわかっているのか怪しいが、ゼゼフは色白の顔で更に青ざめた。
「そ、それって……」
「ユミラ様がいなくなったこと、みんなに報告するんだ」
「ぼ、ぼ、ぼ、僕が!? そ、そ、そんな重要な役割を??」
「そうだよ。他にいないんだから、仕方ないだろ」
今にも白目をむいて倒れてしまいそうなゼゼフを見ていて、不安にならない者はいないだろう。
「あの、私が行きますから」
プレナがそう助け舟を出すと、今度はフーディーが冷ややかに言った。
「新妻を危険にさらされたザルツが怒ったとしても、ワシ、庇わんよ?」
ありありと想像ができるだけに、ゼゼフはヒッと悲鳴を上げた。
「フーディーさん、脅かさないで下さい。プレナさんはともかく、私なら大丈夫でしょう? 私が――」
エディアの言葉を、クオルが遮る。
「ビジンを危ない目に遭わせるなんて、ボクのビガクに反するんだよ!」
じゃあ、自分なら危なくてもいいのかと言いたくなるが、ゼゼフはその言葉を飲み込んだ。
ゼゼフも女性を危険にさらしたくないのは事実だ。それに、クオルが自分ならやれると期待してくれている。おだてているわけではなく、本気でそう思ってくれているのだと信じた。
「わ、わかったよ。僕、やるよ!」
こんな局面で、精一杯格好を付けて口にしたものの、言い終わるか終わらないかのうちにゼゼフは後悔し始めていた。けれど、それを表に出してはいけない。クオルに落胆されてしまう。これ以上落胆されたら絶交されそうだ。
「あの、それでも、私、途中まではご一緒しますね」
任せ切りにできないのか、プレナが遠慮がちにそうつぶやく。
「じゃあ、私も。近くの町で待たせてもらいましょうか」
エディアまでそう言い出す。
戦闘の繰り広げられている場所に近付かないのであれば、とフーディーとクオルは納得する。ゼゼフは、限りなく心細かったので、彼女たちの提案が心底ありがたいのだった。
ただ、プレナがどうしても向こうに行こうとするのには、理由があった。
理由というほどにはっきりとしたものではなく、漠然とした予感と言った方がいいのかも知れないが。
なんとも言えず、胸騒ぎがするのだった。




