〈19〉増援
連れ去ったユミラをネストリュートに引き渡した後、リンランとヤールはジュピトの幽閉されている塔に向かって急いでいた。遅れると、うるさいのだ。
「ネスト様ったら、あんなの呼ばなくったっていいのに」
リンランは馬を走らせつつ、馬上で嘆息した。ヤールも正直に言うのなら同じ心境なのだが、そこは年長者。たしなめるように苦笑する。
「レジスタンス《あいつら》、案外厄介だし、仕方ないだろ」
ユミラの加担しているレジスタンス組織の面々は、民間人とはいえ、少々厄介な猛者が数人いる。二人で足止めできないこともないのだが、そうすると雑魚がこぼれる。人手不足と判断したネストリュートが、本国の一族へ向け、援軍を要請したのである。
リンランとヤールも一族の中では実力が認められている。だからこそ、この異国の地へ主と同行することが許されたのだ。けれど、この国に来た段階ではまだまだ様子見だった。本腰を入れて兵を連れて来たわけではない。だから、足りないのだ。
それはそうなのだが、一族の者たちはそろいもそろって厄介なのである。
今回、ネストリュートの要請に対し、一族が派遣したのは、リンランの苦手とする人物だった。
基本的に自由で奔放なリンランやヤールとは真逆の、融通の利かないガチガチの堅物である。ネチネチ小言を言われるのかと思うと、今からうんざりした。
それでも、行かないという選択は出来ない。
せめて、上手くことを運び、ネストリュートに褒められる自分の姿をイメージし、リンランは先を急ぐのだった。
※※※ ※※※ ※※※
「――っくしょい!」
塔の中、階段の途中に座り込んでいた男性は、唐突にくしゃみを二度ほど繰り返した。
「風邪だとか言うなよ?」
傍らに立つもう一人の男性が冷ややかに言い放つ。その二人の顔立ちはとてもよく似ていた。
年齢はそろって四十代前半程度。短めの黒髪を後ろに撫で付け、眼窩の奥の眼は恐ろしく鋭かった。一人は剣を帯び、もう一人は一見丸腰。けれど、彼は体のあちこちに武器を仕込んでいる暗器の使い手である。
彼らは、兄弟だった。
剣を帯びた兄が、タオ=ハイランジア。
暗器使いが弟の、ルオ=ハイランジア。
彼らは、レイヤーナ王国の『フーディアの民』の長より、ネストリュート王子の要請意に従い、この国に派遣されたのだった。
「そういうわけじゃない。ただ、ろくでもない噂をされている気がする」
すると、兄であるタオはほんの少し表情を和らげて笑った。
「リンラン辺りじゃないのか? お前が散々苛めて来たんだから、仕方ないな」
「苛めじゃなくて、指導だ。人聞きの悪い」
「どちらでもいいが」
二人は、王太子、第三王子、それぞれの隙を窺うべく配置されていたのだが、今回ばかりはそちらに代理を立て、シェーブルにやって来たのだ。
「それにしても、こういう仕事は久し振りだ。腕が鳴る」
「――タオ、そろそろ到着したみたいだ」
ティエンほどでないにしろ、彼らも常人よりは感覚が鋭い。馬の蹄の音に、ルオは立ち上がった。
二人がそろって外へ出ると、そこには苦虫を噛み潰したような顔のリンランと、久々の再会だというのに目を合わせないようにしているヤールがいた。
一族の四人を、塔の警備兵であるシェーブル兵とレイヤーナ兵の混合部隊が遠巻きに眺めていた。
「久し振りだが、まずは詫びろ。お前たちが不甲斐ないせいで我らが借り出されたのだ」
ぐ、とリンランとヤールは言葉に詰まる。
「申し訳ありませんでした」
素直に頭を下げるヤールとは裏腹に、リンランは更に目をつり上げた。
「別に、遊んでたわけじゃないし、そんなこと言われる筋合いな――」
けれど、その続きは風に掻き消える。ルオの視線に射すくめられたリンランは、言葉を失った。
「結果がすべて。そう教えたはずだが?」
幼少期から鞭を持って教え込まれた恐怖は、そう簡単に拭い去れるものではない。今のリンランであれば、ルオの寝首をかくことができたとしても、また別の問題なのだ。
「……まあいい。それよりも、守備配置だが、お前たちは塔の内部、私たちが周囲だ」
タオがそう言うと、リンランはまだ不満げに彼を見遣った。
「内部?」
「そうだ。抵抗組織が塔に向かって突進した後、俺たちが退路を塞ぐ。お前たちは塔の内部に潜入したやつらを仕留めろ」
ルオの言い分は、理に適っている。本気で殲滅するつもりなのだ。
リンラン一人で手こずったレジスタンス組織も、この状況であれば容易く討ち取れる。それは疑いようもない事実だった。
ただ、なんとなく、おもしろくない。
「了解」
そう答え、リンランは嘆息した。




