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Full of the moon  作者: 五十鈴 りく
Chapter Ⅵ

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〈18〉生け贄

 この王子の思惑から逃れる術はあるのだろうか。

 そう、ユミラはぼんやりと考えた。


 その言葉のひとつひとつは、私利私欲からではない。だからこそ、真っ向から否定することができない。民を思う、その心に嘘がないから、彼はそのためなら手段を選ばないのではないかと思う。

 だから、今、ここで押し問答をしている状況というのは、彼が自分に与えた猶予なのだとユミラは感じた。


 ただ一人、この場で結論を出さねばならないのかと不安になる。皆がそばにいてくれたら、と。

 けれど、そこでふと気付いた。

 これほどの人物なら、色々なことを読み、先を見通していたはずだ。組織の動きも読んでいたと考えるべきだろう。だから、自分を連れ出した。

 レヴィシアたちがジュピトのいる塔に向かったと知るのなら、なんの手も打たずに放置するだろうか。

 そんな疑問が顔に出ていたのか、ネストリュート王子はユミラの疑問に答える。


「どうした? 仲間たちのことでも気がかりなのか?」

「……仲間たちが屋敷を離れ、手薄になる時を狙われたのですから、皆がどこへ向かったのかもあなた方はご存知なのですね。何か、仕掛けられているのでは……」


 率直にそう尋ねた。ネストリュート王子はそっと微笑む。


「何か、か。ジュピト殿下の身辺は、私の屈強な側近に任せてある。私が止めぬ限り、彼らは戦い続けるだろう」

「っ……」


 やはり、そういうことなのだ。

 ユイやフィベルも付いている。彼らが簡単に負けるとは思わないけれど、極力殺戮を避けようとする彼らが不利なのは事実だ。


「……不利、ですか。失礼を承知で、その認識は甘いと申し上げます」


 少女の透明な声が、まるでユミラの心を知るかのようにささやく。ぎくりとして振り向けば、美しい顔に表情を浮かべず、淡々とした口調で彼女は言った。


「我らは特殊な訓練を受けた兵です。一対多人数を相手取って戦える者ばかりですから、いかにお仲間方が強いとしても、民間人に勝機はありません」


 先ほどのハルトを弁護した時とはまるで別人のように、感情を表に出さない。その様子が、薄ら寒くもあった。ハルトは困惑気味に、そんな彼女の言葉を肯定する。


「俺も、多少なりとも関わり合った彼らが、これ以上死んで行くのは忍びない。皆が生きられる道を選べたらと思う……」

「死……」


 呆然と、その一言をつぶやく。けれど、彼女の言葉は容赦がなかった。


「国の平穏のため、不穏分子を一掃する。そこに慈悲があると思われますか? 中途半端に抵抗されれば、生け捕ることも難しいのです」


 皆が投降することなどない。最後まで戦い抜くのだろう。

 そうしたなら、犠牲者はきっと出る――。


 ユミラは小さく嘆息した。双方が衝突せずに兵を引く状況は、ひとつしかないのだと。

 心を静め、しっかりとユミラは口を開いた。


「それはつまり、僕があなた様の提案を受け入れ、王となる決意をしたのなら、ジュピト様の価値は変わって来ますね。あの塔の警護を引き上げることも……」


 ネストリュート王子はそっと微笑む。


「そうしたなら、それは抵抗組織である前に君の民だ。傷付けないと、君に約束しよう」


 この決断を、結局のところは下さなくてはならないのだろうか。

 手が届くと思った未来は、すぐそこまで来て掻き消えてしまう。

 現実は、いつだって甘くはない。

 一時でも夢を見られて幸せだったと思うよりないのだろうか。


 あまりの儚さに涙がにじみそうになって、ユミラはそっとうつむいた。それから、一度まぶたを閉じ、次の瞬間にはしっかりとネストリュートの瞳を見据えた。


「……ネストリュート王子殿下、まずはあの塔へ、僕をお連れ下さい。そうして、僕の前で兵を引いて下さったなら、その上で僕は決断いたします」


 それしか、皆を救う手立てがないのだとしたら、どんなにレヴィシアに泣かれようと、ザルツになじられようと、決断するしかないのだろう。

 嫌だ嫌だと心が叫んでも、こればかりはどうにもならないことだった。


 王とは、生け贄なのだ。

 一人の犠牲の上に、国が成り立つ。

 とても、安い対価ではないだろうか――。


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