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Full of the moon  作者: 五十鈴 りく
Chapter Ⅵ

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〈16〉気のせい

 レヴィシアは、唐突に目を覚ました。

 限界までに見開いた眼から、一筋の涙がこぼれている。天井に向かって無意識に伸ばした手が、虚空を泳ぐ。夢の内容は、覚醒と共に霧散した。

 なのに、寂寥感だけがいつまでも胸にある。

 この手は、何を捕まえようとしたのか。

 何に向かって手を伸ばしたのか。

 覚えていないのに、いつまでも暗闇に消える背中だけが思い起こされる。


 レヴィシアは手を下ろし、その手で乱暴に涙を拭った。何度、こんなことがあっただろうか。

 すぐにまた、何事もなかったかのように笑っていなければならない。部屋にユイとシーゼの姿はなかったけれど、ロビーにいるのではないかと思う。


 今日は大事な作戦の日だ。これから、あの王弟を迎えに行く。

 会って、話さなければならない。

 気合を入れるように、レヴィシアは勢いよく起き上がった。けれど、その勢いでベッドから下りようとした瞬間、世界が歪む。


「っ……」


 とっさに手を付いて転倒を免れた。サイドテーブルの脚に肩をぶつける形になる。鈍い痛みが広がるけれど、深刻なのはそちらではなかった。

 まだ、頭がはっきりとしない。寝ぼけているのだ。早くしっかりしないと。

 そう思うけれど、頭の芯がズキズキと疼く。顔をしかめ、作ったこぶしで額を何度か叩く。

 この頭痛も、どこか熱っぽいような気がするのも、全部気のせいだ。


 大したことはない。

 そうでなければ困るから。

 顔を上げ、再び立ち上がると、レヴィシアはいつものように髪を高く束ねる。そうすることで、気持ちを引き締めようと。

 活動的なショートパンツと丸襟のブラウス。腰にベルトでダガーを固定する。

 支度が済むと、気合を入れるように両頬を手の平で打った。ほんのりと、手に熱が伝わる。


 大丈夫、大丈夫。呪文のようにそう唱える。

 今日さえ乗り切ればいい。

 まだ、がんばれる。



 部屋を出てロビーへ下りると、そこには宿の女性と会話をするシーゼの姿があった。作戦前に周囲を警戒するため、情報を仕入れているのだろう。シーゼは階段を下りて来るレヴィシアに気付くと、柔らかく微笑んだ。


「おはよう、レヴィシア」

「ん、おはよ」


 笑って返すと、シーゼは宿の女性との会話を切り上げ、レヴィシアの方に歩み寄る。


「昨日は随分疲れてたみたいね。ご飯食べながら寝ちゃうんだもん」

「あ、そういえば、そうだった……」


 昨日の記憶はそこで途絶えている。これでは丸っきり子供のようだ。かなり恥ずかしかったけれど、シーゼは優しい声音で言った。


「ずぶ濡れだったし、疲れて当然よね。体は大丈夫?」


 その一言にぎくりとする。 

 シーゼは平然としていた。彼女はこう見えても傭兵だ。体の鍛え方が違うのだろうか。いつも通りきれいで、疲れなど見えなかった。

 レヴィシアは精一杯、平素通りの笑顔を保つ。


「うん! たくさん寝たから、すっかり元気だよ!」

「そう? それならいいんだけど」


 ほっとしたようにシーゼは言う。この話題を長く続けたくなかったので、レヴィシアは話をそらすために周囲を見回した。


「ところで、ユイは?」

「さっき、サマルが来たの。外でザルツからの連絡を聞いてるわ」

「ザルツたちはもう、向こうに向かってるの?」

「うん、そういうこと」


 着々と、作戦が決行に向かっている。やはり、体調が悪いなどと言っている場合ではないのだ。


「……じゃあ、あたしたちも宿を引き払う準備をして来よう」

「そうね」


 シーゼもそっとうなずいた。

 レヴィシアは先になって部屋に戻る。やはり、悪寒がするくせに、肌だけが熱い。

 だから、それを隠し通すために、誰にも触れられたくなかった。

 

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