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Full of the moon  作者: 五十鈴 りく
Chapter Ⅵ

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〈13〉捕らわれの君

 レヴィシアたちを見送った後、ユミラはリュリュと庭先を散歩していた。

 最近、リュリュは行儀見習いと言っては勉強ばかりの毎日だった。行儀作法だけでなく、ピアノにハープ、刺繍にダンスに詩の朗読、目まぐるしいものだった。まだたった五歳だというのに、習い事の数が多すぎる。


 それなのに、リュリュは弱音を吐かなかった。この家に相応しい人間になろうと必死なのだ。

 母親がいなくなった後も、家族としてこの家に留まってくれている。それを嬉しく思う反面、無理をしすぎているのではないかと心配にもなる。

 だから、こうして、ほんの少しでも一緒にいられる時間が、リュリュにとって息抜きになればよいとユミラは思う。


 ただ、忙しいながらも、リュリュは楽しげであった。今も、散歩をしながら、覚えたての詩をそらんじてみせる。頬を紅潮させ、最後のくだりを一気に吐き出したリュリュは、キラキラと輝く瞳でユミラを見上げた。


「すごいな、リュリュは。僕がリュリュくらいの歳の頃にはそんなことできなかったよ」


 そう、笑って返した。すると、リュリュは小さな体全体から喜びを溢れさせるようにうなずく。


「もっとがんばるから! またきいてね」

「うん、もちろん」


 そうして、中庭のある一角に差しかかった時、リュリュは急に小走りになった。


「ね、プレナおねえちゃん、きれいだったね」


 少し前、レジスタンスの仲間であるザルツとプレナが結婚し、ここでささやかな式を挙げた。その時のことを言うのだろう。リュリュも彼女のヴェールを緊張の面持ちで持って歩いていた。


「そうだね」


 こんなに小さくても、リュリュだって女の子だ。花嫁に憧れるのだろう。

 そう思うと、とても微笑ましかった。いつか、後十五年もしたらリュリュだって嫁に行くのだろう。その時はサマルのように潔く妹離れしてあげなければいけない。今からその覚悟をしようかと、本気で思った。


 初秋の花が咲き誇る庭園は、庭師が丹精込めて手入れをしてくれたものだ。それらを眺めては、楽しげに花の名を当てるリュリュを、ユミラは微笑ましく眺めていた。

 ただ、そんな和やかな時間はすぐに終わりを告げる。


「リュリュ様、先生がお待ちですよ。そろそろ――」


 公爵家当主である祖母からも頼りにされている、使用人頭のグレースが、リュリュを呼びにやって来た。本当に、忙しい。

 残念そうに眉尻を下げたリュリュに、ユミラはどう声をかけたらよいものか迷ってしまった。少しくらい遅れてもいいと言うのは簡単だけれど、それではリュリュのこれまでの苦労が報われない。リュリュがもう嫌だと泣き付くのではない限り、ユミラは見守って行こうと決めた。


「にいちゃま、リュリュ、がんばります」


 ユミラはリュリュと視線を合わせるようにしゃがみ込むと、その小さな手を握った。


「うん。リュリュは偉いな。僕もがんばるよ」


 それだけで、リュリュは再び笑った。二人は、手を振って別れる。

 庭園を囲む、背の高い垣根のそばに取り残される形となったユミラは、庭師に労いの言葉をかけてから屋敷に戻ろうと思った。そうして振り返った時、すでにその垣根の裏側には一人の女性がいた。


 気配も何もなく、本当に唐突に感じられたので、ユミラは必要以上に驚いて思わず声を上げそうになった。そんなユミラの唇に、彼女はほっそりとした指を押し当てて口を塞ぐと、猫のような仕草で悪戯っぽく微笑んだ。


「こんにちは」


 その女性は、普通に挨拶をする。けれど、ユミラは彼女を知らなかった。

 黒髪を束ね、活動的なパンツスタイルをしている。年齢は二十歳前後。青い、つり上がり気味の目が印象的だ。同じ青色だというのに、レヴィシアの瞳が青い空のように明るいものだとすると、彼女の瞳は深い海の底だと思えた。

 落ち着きを取り戻したユミラが騒がないとわかったのか、彼女は指を引いた。


「……あなたはどなたですか?」


 ユミラは自分が、レジスタンスメンバーのすべてを把握しているとは言えない。だから、彼女が絶対に仲間ではないとは言い切れなかった。なのに、何故か心が警鐘を鳴らしているような気がした。

 小柄な女性が相手だというのに、どうしてこうも警戒心が働くのか。

 すると、彼女はクスクスと声を立てて笑った。


「どなたでもいいじゃない。あたしはあなたを呼びに来ただけよ」

「え?」

「あたしの大事な方が、あなたに会いたがっているの」


 ユミラは、警戒を解かず、彼女をしっかりと見据えて問う。


「それは、一体……。僕に会いたいと仰るのなら、そのお名前をお聞かせ下さい」


 すると、彼女は人差し指を顎の下に当て、んー、とつぶやく。


「簡単に口にするのも憚られるようなお方。そう言えば、わかるでしょ?」


 この国に、最早そんな人物はいない。ユミラが思い付く人間は限られていた。


「お会いするのは構いませんが、僕が単独でというわけには参りません。後日、改めて――」


 そこまで口にした途端、ユミラは鈍い衝撃が首の後ろに加わったことをおぼろげに感じた。けれど、それが最後だった。後は、意識が暗転した。



 崩れ落ちたユミラの体を、ヤールが背後から腕一本で支える。折れ曲がるような体勢のユミラを、ヤールは軽く肩に担ぐ。細身の少年一人、どうということもないのだろう。


「手荒なことしちゃって。後で怒られても知らないわよ」

「仕方ないだろ。急いでるんだから」

「あんたが一人で怒られなさいよ。ハルト様を怒らせると、ティエンがうるさいんだから」


 そう、この少年に手荒な真似をして怒るのは、ネストリュートではなく、その弟のハルトビュートである。今となっては立場上どうにもならないが、以前は親しく接していたのだから。

 今回、ユミラを連れて行けば、ハルトビュートとユミラは再会することになる。ユミラもすでにハルトビュートの事情は理解しているはずだが、相対してみた時、彼はどのような反応を示すのだろうか。


 おもしろそうだった。

 けれど、リンランとヤールはユミラを送り届けた後は別の場所へ向かわねばならないのだった。

 後のことはティエンにでも訊くしかない。


 ただ、あの塔でこれから起こることも十分に楽しめそうだ。だから、彼女の不満はそれほどでもなかった。

 

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