〈11〉樹の上の密談
塔へ向かう戦闘員と、そばに控えるザルツ、アーリヒといった面々は、それぞれにクランクバルド邸を発つ。サマルとニカルドは武器とフィベルを確保してそのまま向こうに向かっているはずだ。
だから、最後に出立することになったのは、レヴィシア、ユイ、シーゼの塔内潜入班だった。
今回、留守番のユミラ、プレナ、エディア、フーディー、クオル、ゼゼフといった面々は、表に出て彼女たちを見送る。
「気を付けてとしか言えないけれど……」
心配そうにユミラは言う。レヴィシアは彼を安心させられるように、せめて明るく笑った。
「うん、ありがと。じゃあ、行って来ます」
大きく手を振り、背を向けた彼女と、それに従う三人の姿がすっかり見えなくなるまで、彼らはそこに佇んでいた。
レヴィシアたちはまず、町で必要な食料を買い足し、それから徒歩で町を出た。馬車を使えば半日の距離だ。今回は人員が多いため、皆が徒歩で向かっている。レヴィシアたちも特別ではなかった。ザルツとアーリヒのみ、急患に対応できるように馬車を使っているが。
ユイはほとんど喋らず、レヴィシアとシーゼを見守るようにして歩く。二人は、一時の不協和が嘘のように、今となっては楽しげに会話を弾ませるのだった。
「シーゼ、そのネックレスきれい。すっごく似合ってるよ」
「そう? ありがと。安物だけど気に入ってるの」
と、シーゼは嫣然と微笑む。小さな石の付いたが蝶モチーフのネックレスはが、彼女の鎖骨の中心で輝いている。彼女は美人なので、何でも似合うと言ってしまえばそれまでだけれど。
レヴィシアはなんとなく、ユイを見上げた。ユイは、それに気付かないかのように振舞っている。けれど、絶対に今の会話は聴いていたはずだ。
あの言い方なら、自分で買ったのだろう。誰かからのプレゼントではないようだ。
ユイが買うわけがないから、他の誰かからだろうかと、レヴィシアがお節介ながら、要らない探りを入れたのだった。余計なお世話だろうけれど。
「今度、落ち着いたらレヴィシアにも何か選んであげるね」
「へ?」
ぼんやりしていたから、とっさに変な返しをしてしまった。それを、シーゼはクスクスと笑う。
「あ、他の誰かからもらいたかった?」
「ち、違うもん! そういうんじゃないから!」
慌てるレヴィシアに、シーゼは慈しみを込めた瞳を向ける。
「そう? じゃあ、約束ね」
「うん! 楽しみにしてる」
「じゃあ、さくっと終わらせなきゃ」
シーゼがそう言うと、何かとても簡単なことのような気がして来た。だから、レヴィシアは大きくうなずいた。
※※※ ※※※ ※※※
そうして往来を抜ける彼女たちを、遠い広場の大樹の上から眺めていた女性は、枝に座って脚をプラプラと揺すっていた。そのまま、傍らに立つ男性を見上げる。
「行ったね」
彼は逞しい腕を組み、不安定な木の枝の上に佇んでいた。スッと目を細めて、それから嘆息する。
「俺はお前ほど目がよくないからな。あんな遠くまで見えない」
「ほんと、役立たず」
そんな彼女の言動には慣れているので、いちいち取り合わなかった。
「ネスト様の読み通り、ジュピト殿下の塔に?」
「あったり前でしょ。ネスト様が読みを外すわけないじゃない」
男女、ヤールとリンランは、主の命によってこの町にいる。そして、その主も、実は近くにいるのだが。
「ネスト様がお待ちだし、ユミラって子、さっさと攫って来なきゃね。あのバアさんも会合で王都に向かってるみたいだし、今なら楽勝でしょ」
「人聞き悪いな。ちょっと一緒に来てもらうだけだろ」
「どっちでもいいわよ。あいつらが王弟のオッサンに気を取られてる隙に済ませて、あたしたちも塔に向かわなきゃ」
そう、ため息混じりに言うと、不意にリンランは腰かけたままの体勢で後ろに倒れた。けれど、ただ落下するのではなく、しっかりと体を回転させ、下の枝につかまると、また体をひねって軽やかに跳ぶ。枝がしなり、その振動を足もとに感じながら、ヤールも渋々動くのだった。ただ、あそこまでの身の軽さは持ち合わせていないので、割と地味に下りた。




