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Full of the moon  作者: 五十鈴 りく
Chapter Ⅵ

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221/311

〈9〉道具

 塔には、当たり前ながら、侵入者を防ぐための鍵がかかっている。

 その鍵をどのようにして開くか、それが問題である。最終的に強行突破しかないのだとしても、とりあえずは違う方法を探りたい。


 ザルツはまず、その旨を公爵に伝えた。

 そうして、返って来た返事が、数日待てとの内容だった。

 どの道、アスフォテのスレディに依頼した武器もまだ到着しておらず、本格的に支度が整うまでにはしばらくかかるのだから、異存はなかった。



 そうこうしているうちに、いつもながら謎めいた執事のレーマニーが、影から這い出したように、気付けばザルツの前に立っていた。


「大変お待たせしました」

「……いえ」


 彼を前にすると、体がすくむ。それは、彼が顔色ひとつ変えずに人を葬るからではない。あの日のアランの最後の瞬間が、いつまでも鮮明に蘇るからだ。


 けれど、忘れてはならない。

 いつまでも。

 それを胸に、生きて行くと決めたから。


 ただ、ザルツはあの日の出来事を仲間たちの前で口にすることができない。だから、この時、抑えきれない言葉がもれてしまった。


「昔、組織を結成して間もない頃、とある人が、目撃者を逃がした俺に言ったんです。そういう甘さが好きだから、それで滅ぶならそれでいい、と――」


 けれど、自分が選んだのは、その甘さを捨てる選択。

 あの頃と今、自分はこんなにも違う。

 それを、自らの命と引き換えに自分たちを救ってくれたあの人は、一体どう思うだろうか。


「組織が大きくなり、失うものが増えました。もう、あの頃のようには……」


 完全に被害者であったエディアと、アランには大きな違いがある。けれど、ひとつの命という意味では同じだ。

 あの頃の自分だったら、どうしただろうか。


 レーマニーは不意に、クスリと笑った。一見、品のよい執事にしか見えない微笑だが、今のザルツには色々な意味として受け取れる。


「失うものが増えたと仰る?」


 その瞳は、口もととは裏腹に、まるで笑ってはいなかった。


「この程度の組織の人数は、今後関わって行かれる『国』というもののほんの一部に過ぎないのですよ。これからはもっと、失うもの、零れ行くものばかりでしょう」

「っ……」

「しっかりなさいませ」


 本当に、その通りだった。ザルツは思わず目を伏せた。


 このように、自分が思い悩み、苦しみ続けることをリッジは望んだのだろう。いざとなれば、口にした綺麗事もかなぐり捨てて手を染める。その実態を知れ、と。


 ただひとつ、言えることがあるのならば、どんなに苦しんだとても、あの時の選択をやり直すことはない。もう一度選び直せるとしても、同じ結末を辿るだろう。

 だとするのなら、たとえリッジが眼前に現れたとしても、胸を張って、その決断に対する謗りを受けるべきなのだ。それでも、見失ってはいけない。しっかりと、前を向かなければならない。

 ザルツはようやく、安定した視線をレーマニーに向けた。


「申し訳ありません。自分ばかりがつらいかのようなことを……」


 思えば、この眼前の人こそ、そんなことの繰り返しだったはずだ。その苦しみは、どれほどのものだろうか。

 けれど、レーマニーはそっとかぶりを振った。


「私は道具ですから」

「え?」

「道具は、主に使役されるためのもの。自ら悩み、罪を抱えることはありません」


 そう言い切る彼の目に迷いはなかった。

 自らを道具と。意思も葛藤もない存在だと。

 そう在らねばならなかった。それを、当たり前だと感じてしまう彼が、ただ悲しかった。

 けれど、そんな憐憫は、押し付けに過ぎない。ザルツが自分の心で理解し得る範疇に彼を置くための。

 だから、レーマニーは再び笑っていた。


「あなた様はお優しい方ですから、あなた様のお心の中にない感情を内に飼っている人間のことまでは、理解が及ばないのは無理のないことです」


 その言葉に、ザルツは自分の感じた憐憫が傲慢なものだったと思い知らされた。そうして、それを恥じ入る。

 彼は哀れなどではなく、自らを必要とする主に仕え、どのような形にしても充実した時を過ごしているのだ。それを、自分は理解していなかった。


「すみません。……それから、ありがとうございます」


 すると、レーマニーは緩くかぶりを振った。


「いいえ。私は主の道具だと申しました通り、主の命に従ったのみですから」


 そうして、ザルツの手に鍵束を握らせた。鍵束とは言っても、鍵はふたつ。金と銀のその鍵は、新たに作られた合鍵なのだろう。使い古された傷などなく、真新しい輝きを放っていた。

 その硬質な感触を確かめるようにして、ザルツはその鍵を強く握り締めた。


 自分も、国の道具であろう、と。


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