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Full of the moon  作者: 五十鈴 りく
Chapter Ⅵ

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〈8〉次なる夢

 ざわざわと、騒がしいまでに感じられる城下町の商店が立ち並ぶ通りで、彼は笑顔を浮かべたままで話し込んでいた。


「へえ、仕入れはリレスティですか。どうりでいい品なわけですね」

「あんた、若いのに効き目だね。いい商人になるよ」

「ありがとうございます」


 黒い瞳にかかる黒髪をさらりと揺らし、彼はお辞儀をした。手には艶やかなシルクのドレスシャツがある。こういった仕立ての美しいものは、貴族御用達のリレスティの町に職人が多いのだ。


「リレスティといえば、クランクバルド公爵の領地ですよね。あの公爵様は大層お厳しい方だと伺いましたが、こうして見る限りでは職人の方々にとっては過ごしやすい土地なのでしょうか?」


 王都ネザリムの二番街にて、衣類を取り扱う店の店主は、この、まだ歳若い、駆け出しの商人らしき青年にうなずいた。


「そうだな。あの町は、公爵家あってのものだから。公爵様は厳しいお方だけれど、決して横暴なことはなさらない。皆、それを理解しているからね」


 青年は、なるほど、とうなずく。


「近く、リレスティの町に行きたいのですが、最近はレジスタンスたちの活動も活発で、物騒な世の中ですから、警戒だけは怠らないようにしているんです。あの近辺でレジスタンスによる暴動や事件はありませんでしたか?」


 確かに、商人にとって、身の安全は最重要だ。どんなに苦労したとしても、荷物を奪われてしまえばそれまでだ。命まで取られたら、更にどうにもならない。

 その慎重さも目利きも含め、感心な青年だった。


「うん、幾らか前に騒ぎがあってからは、特別何もないよ。穏やかなものだ。あの公爵様を敵に回してまで、あの町で暴動を起こすやつらも少ないだろう」


 半年ほど前、貴族の当主が殺害され、その犯人も未だ捕まってはいないが、時間が経った今、その騒動も下火となっている。


「そういえば、騒動を収めたっていうレジスタンス組織、噂になっていたと思いますが、聞いたことありませんか?」


 にこりと微笑んで尋ねる青年に、店主は曖昧な返事をした。

 その組織のリーダー、レヴィシア=カーマインは、幼い頃にこの界隈に住んでいた時期があり、商店の人々とはよく慣れ親しんだ仲なのである。けれど、レジスタンスは取り締まられる存在。迂闊なことは口にできなかった。


「ん、どうだったかな」


 そうごまかすと、青年は更に笑う。


「実は僕、騒動があったあの時、あの場所にいたんですよ。だから、一部始終を見てました。彼女たちは今も、あの町では英雄扱いだそうです。国に逆らうレジスタンスでありながらも」

「へぇ……」

「ですから、彼女たちの不利益になることを、あの町の人々はきっと口にしないでしょう。本当に、よい隠れ家です。僕も、次にリレスティに行ったら、仲間になろうかな?」


 あはは、と青年は笑う。その言葉が本心なのかどうなのか、まるでわからなかった。

 けれど、もし本心なのだとしたら。彼女たちの活動に協力したいのだとしたら。

 ただ、自分だけの判断で何かを言うことはできない。だから、多くは語れなかった。


「なあ、また来いよ。リレスティから戻ったら、さ」


 青年は、爽やかに笑って、はいと答えて去った。そんな背中を、店主は複雑な思いで眺めていた。



 その背に視線を感じながら、リッジの顔からはすでに笑みが消えていた。

 リレスティで騒動はなかったとするなら、自分の撒いた種は思うような成果を上げなかったと言える。

 もしくは、ザルツ辺りが先にアランの危険性を感じ、内々で始末したのだろうか。


 だとするなら、それもいい。

 あの偽善的な考えが誤りであることを、彼が思い知るのなら、それで。

 邪魔だと感じた者の命を奪うこと。

 綺麗事とは真逆の、どこまでも利己的な行動。

 いざとなれば自分も他人を排斥する、傲慢な人間なのだと気付くべきだ。

 口にする言葉とその現実の格差に気付かせることができたなら、少しは手間をかけた甲斐がある。


 そう考えて笑みがこぼれたけれど、不意に差し込む冷たさに、再びその笑顔は壊れた。


 自分は何をしたいのか。

 何を目指しているのか。

 考えることを拒んでいると、自身がわかっている。

 見渡せば、足元は崩れ、暗闇の中でたった独りであることを自覚するしかない。

 

 一族が選んだ王を認めず、自分の心に従って選んだただ一人は、最早別の人間のように変貌してしまった。

 このまま、彼女たちの理想を阻むのは、一体なんのためなのか。

 裏切られた悲しみによるところか。

 夢物語だと現実を突き付けるためか。


 誰のために――。


 混乱が見通せる、この国のためなのか。

 本当に、そこまでの思い入れを持って動いていると言えるのか。

 自分は、今、何を一番に望むのだろう。

 今までの人生において、一番の幸福はいつであったか。


 答えは、認めたくないけれど、わかり切っている。

 心から信じた一人のために戦うことの幸福感を、もう一度得ることができたなら――。

 この人物こそ、この国の王として相応しいと、再び自分に思わせてくれる誰かがいてくれたら。

 信じて裏切られることの虚しさを知った今でも、それを渇望してしまう。

 やはり自分は、どこまでも愚かなのだろうか。


 それでも、新たな王が誕生すれば、それが何よりの妨害になる。それだけは事実だ。

 そう、言い訳のように自分の心にささやいた。

 その、ただ一人に出会いたいと。

 

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