〈6〉王弟
リレスティの広間で会議をしてから七日目が過ぎた頃、情報収集に出かけていたサマルが戻った。ユミラも今後のことを祖母に報告すると同時に、ジュピトについて話を聞いて来たのだという。
「ジュピト大叔父上は、すでにご存知のように先王の双子の弟君です。双子――ほんの僅かな出生の時間差が、二人の今後を左右しました。けれど、体も心も成長は同じです。どちらが王に相応しいか、そう簡単に決められるものではなかった、とおばあ様が……」
ふぅ、とため息をつく。そんなユミラに、レヴィシアは言った。
「お兄さんと弟さん、本人の意思とは関係なく、周りが騒いじゃったのよね?」
「兄王子を擁立する一派と、弟王子を擁立する一派が現れ、結果、兄王子が勝利した。……兄王子を擁立したのは、このクランクバルド家も、フォード家も同じだ」
ユイの言葉に、ユミラはうなずく。
「当時はおじい様がまだ存命だったのですが、まあ、おばあ様の判断ですね」
ザルツも腕を組んで答えた。
「双子であろうと、兄は兄。一般的に見て、それが収まりのよい結果だったということだ」
結果、敗北した弟王子は、兄王子暗殺の容疑により、長い幽閉生活を強いられる結果となった。
「ことの真偽は、定かではない。そんなことは誰しもわかっている。それでも、そうすることで平和が保てると、見て見ぬ振りを決め込んだ。……そういうこと、だな」
ロイズの言葉に、場が一度静まり返った。王族にまつわる、ほの暗い闇を感じ取る。
「残酷なことだけど、俺たち下の民衆にとっては『どうでもいいこと』だった。上で何が起ころうと、日々の生活の方が大事だ。王弟の末路なんて、麦一袋の値段の変動に比べたら、誰も興味なんてなかったよ」
サマルの口調は軽いけれど、言葉は正直で、輿論であった。ことの真相を追求する声もなく、王弟はそびえる塔に幽閉され、正当な国王が存命のうちは、ほとんど思い出されることもなく、記憶の片隅に葬り去られてしまった。
レヴィシアは瞳を閉じ、頭を一度真っ白にして、それから考えた。
もし、自分が陥れられ、身に覚えのないことで幽閉生活を余儀なくされたなら、どうだっただろう。
今、共にいる仲間たちとも引き離され――もっと恐ろしいことを考えるなら、この愛すべき仲間たちに陥れられたとしたなら。
悲しくて悲しくて、死にたくなっただろう。
それでも、死ぬことを許されず、生かされ続けたなら、人を恨んで時を過ごすかも知れない。
それをせずに生きられるほど、自分は強くない。恨む気持ちが生きる力になる。
なんて、悲しいんだろう。
今、彼は何を思うのか。
王になれる日を待ちわびているのだろうか。
そうだとするなら、その希望を絶ってしまう自分たちは、間違っても彼にとっては正義などではない。
「それで、その塔からその王弟を掻っ攫うのは可能そうか?」
ティーベットが頭を掻きながら、苦虫を噛み潰したような顔で尋ねる。色々考えすぎてわけがわからなくなったのだろう。
それに対し、サマルは難しい面持ちだった。
「それがさ、どうやら、ネストリュート王子がこのところ、塔に足を運んでるらしいんだ」
「え!?」
「王弟は王位継承権第一位だし、シェーブルの重要人物だけど、何故だかネストリュート王子は目通りが叶うようになったらしい。小耳に挟んだ話だと、兄王の死を嘆く王弟の話相手としてってことらしいんだけど、めちゃくちゃ嘘くさいよな」
どう考えても、嫌な予感しかしなかった。
あの王子はまず、何を考えているのだろうか。
「考えられる可能性はいくつかある」
ザルツは真剣に額に指を添えながらつぶやく。
「まず、王位継承権を放棄させること。自分たちの操りやすい王として擁立すること――レイヤーナにこの国を譲り渡すと宣言させるための王だ。それから、殺害するという可能性もなくはない」
どれも最悪だ。
レヴィシアは思わず身震いをする。
「それ、レジスタンスが犯人にされるんじゃない?」
「そうかも知れないね。それから、考えたくないけど、僕が犯人だったら、レイヤーナには都合がいいのかな?」
はは、とユミラは笑うけれど、声は乾いていた。
確かに、継承権第二位のユミラが、王位ほしさにジュピトを殺害したという結果があれば、レイヤーナがこの国を掌握する近道となるだろう。
そう考えて、ぞっとする。
「ユ、ユミラ様、しばらく外出しないでよ」
思わず、レヴィシアは腕をさすった。
「王弟とネストリュート王子の接触が続くのは好ましくない。早く手を打つべきだな」
ユイの言葉に、皆は神妙にうなずく。
「塔の警備は、ネストリュート王子の厚意でレイヤーナ兵が援護に当たってるらしい。まあ、数は増えたけど、断崖の上の塔なんていう特殊な場所だからな。あんまり多くても身動き取れないし、数がどう出るかな」
サマルの後を引き継ぐように、ザルツも口を開く。
「俺も策を練る。しばらく、それぞれ鍛錬なり、続けておいてくれ」
戦いはきっと、激しいものになるのだろう。
それだけは確かなことだった。




