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Full of the moon  作者: 五十鈴 りく
Chapter Ⅵ

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〈5〉一木一草さえも

「――またもやおいでで?」


 先の王弟、ジュピトは抑揚のない声でつぶやく。それでも、皮肉だけは人一倍だった。

 来訪者は、その鷹のように鋭い視線を受け流すと美しく微笑んだ。


「ええ。必要とあらば、何度でも参ります」


 隣国の王子は、何も恐れず、抱え切れないほどの才を持ち、この鳥かごのような部屋に佇む。今日は弟王子も側近も誰もおらず、彼一人だった。どこかに控えてはいるのだろうが。


「ここの侍従もすでに懐柔されたか。恐ろしい方だ」


 この塔の鍵持ちも、すでにこのネストリュート王子に心酔し、思いのままに動いているのだろう。ジュピトがここから出ることは困難であるけれど、ネストリュートがここへ入ることは容易いのだ。

 敵国と言っても過言ではない状態のレイヤーナ王族でありながら、この国の民を味方に付ける。シェーブル王族でありながら、何ひとつままならない自分とは、まるで対極だった。


 第五王子であろうと、彼は紛れもなく稀有な存在。

 そう、ジュピトは理解していた。

 ネストリュートのように、一転の曇りも迷いもない、眩いばかりの存在がいるレイヤーナは、恵まれているのだ。このシェーブルには、それがなかった。


 ――不吉とさえされる、双子の王子。

 穏やかな兄王子、慎重な弟王子。

 同じ日に生まれた二人。

 顔貌は似ていても、性質はまるで違った。


 ほんの少し、産まれ出るのが遅かっただけ。

 その瞬間に、勝敗は決してしまった。

 運命は、ことごとく残酷で――。



「あなたは、何を望まれますか?」



 音色のような声にはっとした。思考の道筋を修正する。


「ここには殿下と私の二人、聴かれる心配もございません。あなた様が望まれることを口にされるのでしたら、私も腹を割ってお話いたしますし、ご協力もできるかと」


 この、彫刻つくりもののように整った青年は、すべてを見透かすような言葉を紡ぐ。

 その瞳は、まるで魔法のように、まとった鎧を消し去ってしまうかのような、そんな光があった。


 けれど。


 いつからだか忘れてしまうくらい昔から、この胸にわだかまった思い。今更、吐き出せるほどの軽いものではないのだ。

 ジュピトはただ、ネストリュートの言葉を一笑に付した。ただ、そんなさまも、彼には手の内を読まれただけだった。


「やはり、そうですか」

「何……?」

「今となっては、あなたに望みなどないのですね」


 その言葉に、ジュピトはただ背を向けた。その後姿に、ネストリュートは労わりすらこもった声をかける。


「自由も、拘束も、生き死にさえも、あなたには意味がない」


 思わず、声を立てて笑ってしまった。


「もし、そうなのだとしたら、お飾りの王には打って付けだろう?」


 振り返ると、ネストリュートは苦笑した。

 その表情の理由がわからなかった。お飾りの、レイヤーナの意のままに操れる王。彼にとっては望ましいもののはずだ。


 なのに。


「お飾りでは困るのですよ」


 ただ、静かに、どこか遠い潮騒の音のよりも長く耳に留まる声。


「自ら、確固たる意志を持ち、この国の一木一草さえも慈しむ王を、私は望んでいるのですから」


 不意に、ネストリュートは微笑む。その瞳の深さに、言葉は出なかった。

 立ち尽くしていると、彼は優雅に足を半歩下げ、衣の裾を捌く。


「――少々、ご身辺を騒がしくしてしまうやも知れません。先にそれをお詫びしておきましょう。それでは、失礼いたします」


 規則正しい靴音を、硬質な床で奏でるようにして去った。

 ジュピトは出られもしない窓辺に立ち、太陽を見上げるようにして上を仰いだ。色素の薄い瞳はその強い光に悲鳴を上げるけれど、ネストリュートの存在もまた、あれと同じものだった。


 この国の国王であった兄も、その弟である自分も、何もかもが特別ではない。

 偶然にも、そこに産まれ付いただけの存在だ。

 だからこそ、この国は荒れたのだ。

 あの降り注ぐ光を受けていられる草木を、この国の民はうらやむことだろう。

 けれど、第五王子の彼がレイヤーナの王位に就くことはないはずだ。あれだけの器でありながら、時に見放されているというのだろうか。


 何もかもが、上手く回らない。

 運命とは、それを定める存在とは、どうしてこうも愚かであるのか。

 

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