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Full of the moon  作者: 五十鈴 りく
Chapter Ⅵ

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214/311

〈2〉諸島情勢

 五章´〈11〉より、少しだけ前のことです。

 それは、ブルーテ諸島という島国の集まりの最南に位置する、シェーブル王国。

 王の不在により、内戦状態の続くこの国には、数多くのレジスタンス組織が存在した。ただし、レジスタンス組織の多くは、隣国レイヤーナ兵の助力を持って取り締まられている。監獄があふれんばかりの収容数に、看守たちは手を焼く――そんなありさまだった。


 志を持ちながらも、圧倒的な兵力の前に、民間のレジスタンス組織は無力である。組織が生き長らえるには、それなりの戦闘力と後ろ盾が必要なのであった。

 今となっては、人々がその最たるものと答える組織がある。


 レジスタンス活動家であった父親の遺志を継ぎ、自らもレジスタンス活動に身を投じた少女が結成した組織――『フルムーン』。

 彼らは『王様のいない国』民主国家の実現のため、戦い続けるのだった。

 人々は、そんな荒唐無稽な思想を耳にしては、唖然とするばかりである。

 けれど、瞳に力を秘め、滔々と理想を語る少女と、彼女を支える仲間たちに未来を見る。


 ただし、隣国レイヤーナの王子、ネストリュートの存在により、シェーブル国民のレイヤーナに対する不安が和らぎつつあるのも事実だった。あの方ならば、この国までもを導いてくれるのではないかと。

 その結末を、民衆は迫り来る歴史のうねりを感じながら、どの未来がよりよいものであるのかを度々議論するのであった。

 流されるのではない、自分たちの考えを――。



         ※※※   ※※※   ※※※



 そこは、緑深い森のそばの豊かな町、リレスティ。

 リレスティ領主にして、最高位の貴族クランクバルド公爵の屋敷での出来事である。


 クランクバルド公爵家当主とその孫のユミラは、王家の血を引き継ぐ人間であるにも関わらず、レジスタンス組織『フルムーン』に協力している。そこには当人たちの意思があり、余人に口を挟めるものではないのだが、もともと、『冷血女卿』とまで噂される公爵の決断である以上、使用人を始め、領民たちも意見できるものではなかった。

 あまりに自然に受け入れられたレジスタンスの面々にも、親しみやすさがあったことは事実なのだが。



 このところ、彼女たちは大きな活動は控え、いくつかの町で集まった民衆を前に理想を語るような行動だけを続けていた。

 気付けば季節は初秋であった。もうじき、組織を結成して一年が経とうとしている。

 早いものだな、と組織のリーダーであるレヴィシア=カーマインはぼんやりと思った。


 豪奢なクランクバルド家の猫脚の椅子に腰を下ろし、両脚をぷらぷらと前後に揺らしている。トレードマークの栗色のポニーテールに、青く大きな瞳。けれど、今は退屈そうに見えた。

 それは、目前で眼鏡の青年が、書簡から一向に顔を上げないせいである。

 組織の参謀であり、レヴィシアの幼馴染みであるザルツ=フェンゼースは、書簡を何度も何度も読み返し、いつまでも無言のままだった。


 彼のそんな様子を我慢して待っているのは、何もレヴィシアばかりではない。組織の主要人物たちは、静かにザルツが口を開くのを待っているのだ。

 そうして、ようやく彼は顔を上げた。


「何が書かれていた?」


 静かにそう問う長髪長身の青年は、ユイトル=フォードという、剣と弓の達人である。その、端正な顔立ちには、常に覚悟があった。

 ザルツはユイトル――ユイに目を向け、うなずいた。


「かなり、厄介な内容だ」


 彼の持つ書簡は、現在会合により王都に滞在しているクランクバルド公爵からであった。


「おばあ様はなんと?」


 公爵の孫、ユミラ=フォン=クランクバルドも先を促す。歳若くも落ち着いた少年であり、王位継承権第二位という、本来であれば雲の上の存在である。

 皆が固唾を呑む中、ザルツはゆっくりと言った。


「軍事国家、ペルシが動いた」

「え?」


 寝耳に水の一言に、レヴィシアはぽかんと口を開けた。

 けれど、頭の回転の速い一部の構成員は、その言葉から導き出せたことを考え始めた。

 後方支援である第二班、その中で目覚しい活躍をするサマル=キートは、最近義弟となった親友に向かって言った。


「ペルシが動いたのは、レイヤーナがこの国に干渉を続けるからだよな。レイヤーナの逆隣に位置するペルシは、レイヤーナがシェーブルを属国として、国力を上げるのを良しとしないはずだ」


 そして、ごく最近ザルツと結婚したばかりのプレナ=フェンゼースは、短い髪を揺らしながら兄の言葉に首を傾けた。


「それって、ペルシが、シェーブルに兵を派遣したせいで手薄になっているレイヤーナ本国に仕掛けたってことなの? でも、そうだとしたら、レイヤーナはシェーブルに構っている暇がなくなるわよね? この国から兵を引いてくれるなら、私たちにとっては好都合なんじゃないの?」


 けれど、問題はそう簡単なものではなかった。

 ザルツは幼馴染から愛妻となったプレナにかぶりを振る。


「ペルシが仕掛けたのは、レイヤーナじゃない。アリュルージだ」


 その一言に、一同は騒然とした。

 ブルーテ諸島の中央に位置し、他五国すべてに隣接する小国アリュルージ。

 その位置のせいで戦乱の火種が耐えなかった歴史を持つ。この諸島中央の国土は、どの国にとっても魅力的なものであった。奪い合うための戦の耐えず、結果、諸島の平和のために他の五国間で、アリュルージに対する、武力による不干渉を取り決めたのだった。

 その不干渉条約を、ペルシが破ったと、そういう内容なのである。


「アリュルージを取れば、直線状にペルシからシェーブルを結ぶことができる。つまり、このシェーブルの不安定な状態が、アリュルージがペルシに狙われる原因となった。そういうことだ」


 ざわめく広間の中、ザルツは眼鏡を押し上げながら続ける。


「ただし、驚くべきことに、小国アリュルージが軍事国家ペルシを退けるという結果に終わったんだ」


 無用の軋轢を避けるため、鎖国を続けて閉じこもっていた小国が、どのようにしてペルシを退けたのか。

 組織の戦闘員、剣士であるシュゼマリア=マルセット――シーゼは難しい面持ちで口を開く。


「確か、不干渉が破られた時、他四国は結束して侵略国家に武力を持って警告するのよね?」 

「ああ。キャルマール、スード、それから、レイヤーナだって」


 そう、赤毛を束ねた医師のアーリヒ=マクローバが答えた。その夫であるシェインが、隣にいる。二人は、息子のクオルを連れてキャルマールから移住して来たのだ。


「そうだけど、シェーブルは援軍なんて出してないだろ? 出してたら、もう少し騒いでたはずだ」


 シェインの意見はもっともだった。その先を、筋骨隆々の巨漢、レヴィシアの父親の元同僚であったサフィエル=ティーベットが引き継ぐ。


「王が不在で、こんな内戦状態のシェーブルに援軍を要請しても無駄だってことじゃねぇのか? ここに向かわせる船も人員も、違った使い方をした方がマシだってな。アリュルージのやつら、よくわかってるじゃねぇか」


 確かにその通りである。ただ、それを聞いた途端、ザルツがなんとも言われぬ複雑な表情をしたことなど、誰も気に留めなかったのだが。


「もちろん、アリュルージがペルシを退けたことは、わが国にとって、ありがたいことであるのは事実だが、別の問題が浮上してしまうのぅ……」


 と、組織の最長老であるフーディー=オルズがつぶやいた。


「別の問題?」


 レヴィシアが首をかしげると、フーディーは優しくうなずく。フーディーの椅子の隣に立っていた元軍人、トマス=ニカルドがその先に気付く。

 ちなみに、港町アスフォテに戻ろうとした彼を、フーディーが押し留めたのだった。どうせ暇なのだから、こちらを手伝え、と。


「それは、ペルシがレイヤーナの抑止力として機能しなくなるということですね」

「条約に違反したペルシは、アリュルージに対し、多額の賠償金を支払ったはずだ。それも、敗戦であったのなら、兵の多くも傷付いている。国力が回復するのに、何年もかかるだろう」


 活動により投獄され、その結果、歩くこともままならなくなったロイズ=パスティークがそう補足する。彼は戦闘に参加できなくなったため、今は公爵のもとで民主国家の土台を固める手伝いをしている。今は本名のラダト=メデューズを名乗っているのだが、組織の中では未だロイズで通っていた。

 そんな父の言葉に、娘のエディアは不安げな目をした。


「それは……レイヤーナが背後を気にせず、シェーブルに兵力を注げる環境ができてしまったということなのですか?」

「えええ!!」

「どーしよ! どーしよ!」


 騒ぎ立てる丸顔の青年は、ゼゼフ=アーネット。気が弱く、料理が得意なだけなのだが、時々は組織に貢献する事もある。彼と一緒に騒いでいる赤毛の子供が、シェインとアーリヒの息子のクオルである。

 クオルは騒ぎ立てていたが、ふいに何かを思い付いたらしく、はい、と手を上げた。


「スードとキャルマールに助けてってお願いしたら駄目なの? レイヤーナだけが強くなって、困るのはどこも同じだよね?」


 子供なりに発想はよいのだが、それはできないことである。ザルツは苦笑した。


「アリュルージを救いに両国が動いたのは、不干渉条約のためだ。この国の事情とは違う。もともとスードは宗教国家で、争いを好まない。それから、キャルマールについては、レイヤーナに先に手を打たれている」

「え? 何それ?」

「キャルマールの王太子のもとに、レイヤーナの姫が嫁ぐそうだ。シェーブルが助けを求めたところで、受け入れられることはないだろう」

「アリュルージだって戦明けで、それどころじゃないだろうし」


 はあ、とサマルが嘆息する。もとより、頼れるのは自分たちだけなのだ。


「とにかく、これから戦いは本格化する。そういうことね?」


 冷静にそうつぶやいた女性は、レーデ=クレメンス。数ヶ月前に組織入りしたばかりなのだが、常に落ち着いていて頼れる人である。

 彼女は『ポルカ』という組織のサブリーダーであったのだが、彼女が補佐していたリーダーのアランは、家族が病にかかったということで故郷に戻ってしまった。レヴィシアはそう聞かされた時、すぐに仕方のないことだと受け入れた。少し苦手な人物であったのも事実で、レーデが残ってくれただけで十分だった。


 ただ――。

 アランではなく、もう一人足りない仲間がいる。


 ルテア=バートレット。

 レヴィシアとは父親が友人同士であり、親友のように共にいた少年である。

 彼は、山賊を止めるため、単独で動いた。けがもしていた状態で山に入り、それから一度も戻らない。

 あれから、すでに五ヶ月。

 信じていても、日に日に不安は増すばかりである。


 あの明るい緑色の瞳に、早く会いたい。

 レヴィシアがそう願う気持ちには、すでに自身をごまかせない明確な理由がある。

 あの時、困惑するしかなかった言葉を、もう一度聞かせてほしい。

 ずるくて、都合のいいことだけれど、そうしたなら、あの時とは違う言葉を返せるから。


 そうして、刻一刻と迫る時間の中で、誰もが激化する戦いを感じていた。


 ご存知の方はご存知な事件(笑)

 

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