表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Full of the moon  作者: 五十鈴 りく
Chapter Ⅵ

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

213/311

〈1〉重なる姿

 あれは、どれくらい前のことだっただろうか。

 熊のように大きなおじさんが、積み上げた木箱の上に立って、地面が割れるような大声を張り上げて叫んでいた。わんわんと頭に響くその音量と、頭がどうかしていると思うしかないような内容のせいで、子供だったあの日は、夜になっても寝付けなかった。


 王様がいない国?

 自分たち国民のひとりひとりが意思を持ち、この国のことを考える。


 ――変だ。


 国は、王様が決めたルールに従って生きる場所。

 そうだ。

 そのはずだ。

 あのおじさんは、頭がおかしい。


 最初は、誰も見向きもしなかった。

 なのに、何日も何日も、おじさんは声を張り上げ続けた。

 すると、その力強さと、不思議と惹き付けられる何かに、足を止める人もちらほら出始めた。

 あの豪快な笑顔と、笑い声。不可能なんて、誰が決めたと言い張る、根拠のない安心感。

 気付けば、おじさんの前にはたくさんの人が集まっていた。


 それでも、子供だった自分に、おじさんの言葉は理解できなかった。

 おじさんの描く未来が見えなかった。

 そうして、あのおじさんはいなくなった。

 けれど、おじさんの言葉はずっとこの胸に根付いていて、その言葉の意味を考え続けた。


 王様がいない国――民主国家。


 王の独断ですべてが決まることのない、民政の国。

 ひとりひとりが意思を持ち、この国のことを考える。

 『王』という高みに立つ、一人の『人』にすべてを押し付ける仕組みは、消し去ろう、と。

 皆で、肩を並べて生きて行こう、と――。


 今、こうして隣国レイヤーナの属国になる未来がささやかれ、レジスタンス狩りに躍起になる兵士たちを眺めながら思う。

 この現状を作り出した元凶が『王』であるのなら、王がいるからこそ国があるとは言いがたい。王のいない国という発想が、荒唐無稽だと思わなくはないけれど、未だ見ぬ未来であるのなら、無理だと決め付けることも、同じように愚かなことなのだろうか。


 やってみなければわからない、とおじさんは言ったのだ。

 その言葉は、正しかったのかも知れない、と月日が経った今になって、ようやく思える。



 そんなある日のこと。

 いつもの町角に、一人の少女がいた。



 栗色のポニーテールをした、まだあどけなさの残る小柄な少女だ。その隣には、長身長髪の美青年、それから、垂れ目の青年、赤毛の青年、数人が、彼女を守るようにそばにいる。

 未成年である自分と同世代の女の子は、長髪の青年の手を借り、広場の塀の上に立った。危ないのに、何をしてるのかと思えば、女の子はその不安定な場所で大きく深呼吸をした。


 その不思議な光景に足を止め、思わずそちらを見ていると、女の子と目が合った。青い、明るい光をたたえているけれど、何か鮮烈な印象を受ける瞳だった。女の子は、不意ににこりと笑った。どこか惹き付けられる笑顔だった。

 ぼんやりとしていると、彼女は視線を外し、遠くを見るようにして唐突に声を張り上げた。


「皆さん、聴いて下さい!!」


 子供を遊ばせる若い夫婦、くつろいでいる老人、通り過ぎるだけの人々。そんなのどかな風景の広場の中で、女の子は人々の視線を一身に受ける。


「私たちはレジスタンス組織『フルムーン』です。――この国の現状を、皆さんはどう思われますか?」


 突然、そんなことを言う。


「この国に何が必要か、皆さん、考えてみて下さい。『王』という指導者でしょうか? では、『王』とはなんでしょうか? たった一人の人間が、国を支えて生きることなど、できると思いますか? どんなに苦しみ、悩み抜いても、完璧になんてなれないのです。王は神ではありません。一人の『人』にすべてを押し付ける仕組みが正しいと、それでも思いますか? 今までがそうであったから、考えることもなく、それを受け入れて来た私たちは、今こそ、自身が意思を持ち、この国を憂うべきなのではないでしょうか? 『王』という『一人』では成し得ないことを、私たち民が肩を並べ、協力し合うことで実現できると、私たちは信じています。『民主国家』という選択を、未来を、私たちと共に選びませんか?」


 その声は、女の子の容姿に違わず、高くかわいらしいものであった。けれど、朗々と語るその言葉は、あの子供だった日に聴いた、おじさんの言葉だった。

 華奢な彼女は、巨漢だったおじさんとは似ても似つかない。共通点は髪の色くらいだ。

 なのに、何故か――。


 そのひと言ひと言に、あの姿が重なる。


 あの時、成長が間に合わず、賛同できなかった思想に、今になってようやく拍手を贈ることができた。レジスタンスの思想に対するこの行為を兵士に見られたなら、連行されてしまうだろう。そんなことはわかっている。けれど、どうしても、今、こうしなければならないと思った。


 湧き上がる感情に、自然と涙が浮かぶ。

 女の子は、もう一度こちらを見ると、嬉しそうに頬を染め、屈託なく笑って手を振った。

 ありがとう、と。


 パラパラと、拍手の音が続く。きっかけがあれば、そうしたこともできるのが民衆なのだ。

 一人ではなければ、勇気が出る。

 その光景は、彼女やおじさんが語る内容の裏付けなのではないだろうか。一人ではできないことも、皆が協力すればできるのだと。孤独という不安がなければ、人は強く在れるのだと。


「あ、レヴィシア、兵士が来るって!」


 そばにいた垂れ目の青年が、どこか遠くを見てそう言った。


「皆さん、聴いてくれてありがとうございます! じゃあ、兵士が来ても、巻き込まれないように気を付けて下さい!」


 彼女は拍手の中、一礼すると、軽やかに塀から下りる。それを、長髪の青年が受け止めた。



 彼らは駆け去り、その後に国軍の制服を着込んだ兵士がやって来る。事情を訊かれた人々は、バラバラの方向を指差した。

 彼女たちが描く未来を、一緒に夢見て先を待とう、とこの時はっきりと胸に決めた――。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ