〈19〉薄闇の交錯
プレナはその翌日の昼間、サマルとシェインが出かけ、ザルツとラナンが部屋で会話している時を見計らって外に出た。
物騒だというが、昼間であればまだ大丈夫だ。窓の外には、普通に子供も女性も歩き回っていた。
少し、意地になっていたのかも知れない。
後になってみてそう思うけれど、この時はそれに気付けなかった。
そんなことは露知らず、サマルは町の中で情報収集に勤しんでいた。
割と元気で鬱憤が溜まっていそうな住人を選び、声をかける。陽気に話し、愚痴を聴いてやり、それとなく会話を誘導して行く。
隣の家は最近、夜中だろうとお構いなしに夫婦喧嘩をするから、こっちは寝不足だ。
向かいの家の娘さんに一目ぼれした傭兵が、通りをうろうろしていて気持ちが悪い。
他愛のない世間話を、サマルは根気よく続ける。
情報収集のコツは、焦らないこと。それが基本だ。
話はまだまだ続く。
ロイズ=パスティークを乗せた馬車が通った時、たくさんの野次馬が彼を見に集まったけれど、馬車の窓にはカーテンが引かれていて、ちらりとも姿を見ることはできなかった。
監獄で下働きをしている男が、たまに近くの酒場まで飲みに来るけれど、ひどく陰気な男だ。あんなところにいれば無理もない。
そんな会話を繰り広げ、情報提供者たちと気持ちよく別れて変える頃にはもう、辺りは薄暗くなっていた。裏通りは避けて帰ろう。
サマルはラナンに前もって教わった道筋を進み、慎重に宿に戻った。
収穫はまずまず。
ザルツに冷ややかな視線を送られることは回避できるだろう。
少しだけ安堵しながら、宿の玄関先の飛び石を軽やかに踏んだ時、がさりと暗がりで何かがうごめく音がした。
犬や猫ではない。人が立てる音。
サマルは心臓が跳ねるくらいに驚いたが、その人物は茂みの裏で立ち上がっただけだった。サマルに気付かず、下を向いて歩き出す。身を守るように、肩をさすりながら。
「プレナ!」
思わず叫んでいた。
プレナはびく、と体を強張らせ、髪を乱して振り返ったが、すぐにまたそらす。その、垣間見た顔の青白さに、サマルは自分の血の気さえも引いて行くような感覚を覚えた。
「どうした、何があった?」
一歩ずつ近付くけれど、足に感覚がなくなって行くようだった。
プレナは答えず、うつむいたままでいる。だから、サマルはその両腕をつかみ、強く揺さぶった。
「黙ってちゃわからないだろ! ちゃんと答えろ!」
強く揺さ振りすぎて、彼女の腕が震えていたことに気付けなかった。気付いた時にはもう、自分の愚鈍さを呪うしかない。
いたたまれない気持ちに襲われ、力を込めていた指を恐る恐る解くと、今度は壊れ物を扱うようにそっと抱き締めた。
「頼むから、無茶はしないでくれ」
たった一人の家族。誰よりも守りたい、守ると誓った存在。
プレナはサマルの行動に驚いたようで、身動きひとつせずに固まっていた。
その時、ガチャリと扉が開き、サマルはプレナを解放した。扉の隙間からザルツが顔をのぞかせる。
「外で騒ぐな。早く入れ」
すると、プレナはサマルの横をするりと抜け、足早に扉を潜ろうとした。ザルツとも顔を合わせたくなかったのか、うつむいたままでいる。そんな彼女に、ザルツは短くつぶやいた。
「あまり心配させるな」
その声は、泣きたくなるくらいに優しい響きをしていた。
感情がこらえられなくなってしまう。それでも、プレナは大丈夫な振りをして声を絞った。
「ごめんなさい……少し絡まれて驚いただけだから。勝手なことをして、反省してます」
ぱたぱたと駆け去る音だけを残して、プレナは奥へと消えて行った。
ザルツはサマルを見やり、ため息をつく。サマルはうっすらと星の輝き出した空を仰いだ。
「なあ、俺、お前がいるから、お前に頼んだから大丈夫だって、しばらくプレナのそばを離れる決断をしたんだ。……けど、人を頼るべきじゃないのか? 国の行く末なんて人任せにして、プレナだけを守ってればよかったのか?」
ザルツを責めたいのか、自責しているのか。それとも世の中が悪いのか。
もう、サマルにもわからなかった。
ザルツにはサマルの苦しみが伝わるけれど、サマルはザルツの心情を想像することさえしなかった。
守ってくれる。
俺のために守ってくれる。
それがどんなに残酷なことかを。
サマルにはサマルの事情があるのですが、ここだけ見ると行過ぎた言動ですね。




