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Full of the moon  作者: 五十鈴 りく
Chapter Ⅴ´

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〈7〉寂寥

 それから、ルテアは毎日毎日、ジビエに付いて修行を重ねていた。

 たまには息抜きも必要だと、頻繁に邪魔をしに来るニールを適当にかわす。その都度、ひどいとぼやかれたけれど、構っている場合ではなかった。


 棍と槍とでは、まるで別物だった。

 ほんの少しの長さの違い、握る感触の違い、重さの違い、そんな些細なこともすべて影響してしまう。最初は、槍を振るっていた以前よりももっと鈍重にしか動けなかった。

 以前使っていた組み立て式の槍は、携帯できるように軽量化されていた。この棍は、あれに比べるとかなり重たい。

 それから、棍の長さを測り切れず、地面に擦っては隙を突かれる。

 ジビエは優しくて厳しい、よい師だと思う。

 自分で考えろと突き放さず、動きを丁寧に指導してくれた。笑顔で宿題を死ぬほど出すけれど。



 そんな毎日は、すぐに過ぎて行く。

 気付けば、ここへ来て三ヶ月が経っていた。

 いつもくたくたになって、すぐに寝床にもぐり込むのだが、その日だけは特別だった。

 後で考えてみると、稽古もこの日は軽かったように思う。

 借りている家に戻る前に、ニールに腕を引っ張られた。


「コラ、今日は夕方になったら広場に来いって言ってあっただろ?」

「……そうだったか」


 言われたような気もする。けれど、あまり真剣に聞いていなかった。

 ニールは子供のように頬を膨らませる。


「そうだって。酋長だって、ジビエだって、ちゃんと来てるぞ。みんな集まるんだからな」

「え? なんでだ?」

「だから、今日は宴だって言っただろー!」


 頬を引っ張られた。痛いけれど、覚えていない。

 ひりひりと痛む頬をさすりながら、ルテアは尋ねる。


「宴って?」

「一年に一度の奉納の儀式があるんだ。その後は無礼講だけどな」


 収穫祭などといったものなら何度か経験したこともある。

 手を取り合って踊る若い男女の姿を、幼い頃に見た。そのようなものだろうか。

 興味はあまりないけれど、酋長やジビエが来るのなら、やはり行かないわけにも行かなかった。



        ※※※   ※※※   ※※※



 ひたすらに修行に励んでいたルテアは、皆が宴の準備をしていようが、あまり気に留めていなかった。

 だから、残暑の残るこの季節、まだ明るさを残した夕闇の中、大きな篝火が焚かれた広場に、ルテアは呆然と立っていた。パチパチと爆ぜる火の粉と吸い込まれるようにして焼けて行く羽虫たち。見上げるような大きな炎の迫力に飲まれそうになる。

 そんなルテアに、ジビエが手を高らかに振っていた。


「お、ちゃんと来たな」

「俺、なんか手伝った方がいいのか?」


 すると、ジビエとニールは顔を見合わせて笑った。


「手伝えるなら手伝ってもいいけど」


 ジビエはククク、と笑った。ニールはルテアの肩を勢いよく叩く。


「座って待ってろよ」


 そう言い残すと、ニールはさっさとどこかへ行ってしまった。何かをしろと言うわけではないようだ。ルテアは手持ち無沙汰ながらも、ジビエの隣の筵席に座るのだった。


「今日のために、一年間かけて蓄えておくんだ。まあ、ささやかなもんだけどな。今回、半分はお前のお陰だし」


 正確には、ザルツのお陰である。ルテアの懐から出た金ではない。



 酋長のムタルドが山の恵みに感謝する言葉から始まり、集落の皆がそれに呼応するかのように声を上げた。ルテアも、わからないなりに同じように振舞う。


 普段、あまり獣肉を食すことを好まない彼らだが、こういった時は別であるらしかった。神への供物ということだ。鹿肉が配られ、その匂いと味が何かとても懐かしい気がした。

 詳しく尋ねなかったけれど、彼らの信仰する神とは、多分彼ら独自のものなのだと思う。そういった信仰の違いも、彼らが孤立する理由のひとつであるのだろうか。


 そんなことをぼんやりと考えていると、篝火のそばにニールの姿があった。ニールだけではなく、数人の姿がある。彼らはそれぞれに楽器を手にしていた。

 ニールが下げていたのは、はつ弦楽器の類だ。卵を縦に割ったような胴体をしている。他にも笛、打楽器、そうしたものがあるようだ。

 彼らは篝火の正面を空け、両脇へ座る。


「ニールのやつ、楽器まで扱うなんて器用だな」


 鷹を従え、ナイフを投げ、割と多才だ。

 ルテアは木製のカップを傾け、なんとなくつぶやく。カップの中身はただの茶だが。

 ジビエはうん、とうなずく。ジビエのカップの中身は匂いからして酒のようだ。


「宴で演奏するなんて、なかなか名誉なことだからな。けど、もっとすごいのは――あ、来たぞ。今日の主役だ」

「へ?」


 主役とはなんだろうか。

 篝火のせいか、妙に熱い。再び茶を飲みながらジビエの視線の先をたどると、ルテアは思わず茶を噴き出しそうになった。一人でゲホゲホとむせていると、ジビエが生あたたかい視線を向けて来た。


「動揺しすぎだろ」

「あのな……」


 そこにいたのは、アイシェだった。主役というだけあって、煌びやかな装いではある。動くたびにシャラシャラと鳴る、両手足の金属片が、篝火を受けて輝いている。紗をまとい、額に、首に、耳に、胸に、色とりどりの石が煌いて、それは神秘的な姿だった。


 ただ――異常に、普段以上に露出が高い。ほっそりとくびれた腰がむき出しだった。それから、脚が動くたびにスリットの隙間から見える。


「アイシェは今年の舞姫だからな」

「踊るのか?」


 あの格好で、とは言わなかった。


「ああ。年頃の娘たちはみんな、あの役を狙ってる。アイシェ、がんばったんだからな。ちゃんと見てやれよ」

「……うん」


 緩やかに始まる音色が、何か哀愁を感じさせた。ニールが爪弾く音は、明朗な彼のように濁りがない。

 アイシェは、シャンシャン、と音を鳴らし、腕を、脚を、音と一体になるように動かす。その指先、髪のひと房にまで神経を張り巡らせているのではないかと思わせる。体を大きくくねらせ、踊る彼女の目は、宝石よりも強い光があった。

 細いけれど弱々しさのない体は、何かが降りて来たようにきれいで、アイシェではない別の誰かのようだ。



 そんな光景を、ルテアはひざを立てて眺めていた。音に耳を澄ませるけれど、何か不意に湧き上がるのは、どこか虚しいような気持ちだった。

 もちろん、クラウズの面々は思っていたよりもずっと気のいい連中で、共にいて楽しい。けれど、そう感じるからこそ、その反動が来る。


 ここにいると、忘れそうになる時がある。

 ここではない場所で繰り広げられている戦いを。仲間たちを。

 なんの情報もないことが、より不安にさせる。

 ギリ、と胸が痛んだ。


 ただ、会いたい。


 改革なんかより、考えるのはそればかりだ。

 正直にそう言ったら、軽蔑されるだろうか。


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