〈3〉小袋の中身
「だったら――」
そう、ルテアは口を開いた。
「だったら、少しでいい。今だけでいいんだ。待ってくれないか? そうしたら、俺も仲間に相談して解決策を探してみるから」
敬語も忘れて、それしか言えなかった。今、アスフォテで起こっていることと、こちらのこと、両方を抱え切れない。だから、クラウズが少しだけ待ってくれるなら、急に襲ったりしないと約束してくれたなら、それだけでよかった。みんなに相談して、一緒に解決できたら、と。
けれど、ムタルドは重々しくかぶりを振った。
「待てと言う。なら、その間、吾らはどうすればよい?」
「え?」
「待ち続けて飢えろと? 女子供もいるのだ。弱い者から死んで行くだろう」
「っ……」
待てと言うのは、こちらの都合だ。彼らには彼らの言い分がある。
だとするなら、どうすればいい。勇んでやって来たものの、自分にはどうすることもできないのか。
こんな時、仲間たちならどうしただろう。
ふと、そんなことを考えた。そして、ようやく思い出す。
ルテアは懐にしまい込んでいた小さな袋を取り出した。一瞬、クラウズたちが身構えたのがわかった。
けれど、ルテア自身、ザルツに渡されたそれがなんなのかを知らない。用がなければ見ない方がいいと言う、物騒なもの。けれど、困った時には使えと。
実際、今が困った時だ。だから、ルテアはその袋を、不自由な手で開いた。
硬いことだけしかわからなかったその中身は、手の平に出してみた途端、唖然としてしまうような輝きを放っていた。クラウズの面々も、同じような顔をしていた。
困ったら使え、と。
ザルツはこういったことを予測していたのだろう。だから、ありがたく使わせてもらうことにした。
ルテアは手を前に差し出す。その手には、金塊がある。
「これでしばらくは暮らして行けないか?」
ムタルドはきつく眉根を寄せた。
「それを吾らに?」
「必要なら。これで食い繋げるだけの期間でいい。待っててくれ」
すると、ムタルドは探るような目をルテアに向けた。半信半疑なのだろう。無理もないが。
「……半年、だな」
「十分だ」
「わかった」
ほっと胸を撫で下ろしたルテアに、彼はスッと眼を細めて見せた。
「ただし、条件がある」
「え?」
「ホルク殿の息子――ルテア、だったな? その期間、お前はここに残れ」
その一言に、ルテアは呆然としてしまった。
半年。
半年間も、活動から離れられるわけがない。
その間に、レヴィシアたちに何かが起こらないとは言えない。
そばにいないと――駄目なのに。
ルテアはただ、困惑していた。
「俺たちは、王の立たない国、民主国家の実現のため、レジスタンス活動をしてるんだ。今は国軍とレイヤーナ軍との戦いの最中で、そんなに長く仲間のもとを離れられない」
「残れないのなら、信じろなどとは虫のいい話だ。油断したところを一網打尽にされると疑われても仕方がない。そうではないか?」
それはそうだけれど、でも。
「――大体、そのけがで戦いに身を投じると? 吾らには、そのように愚かなことを言う者はおらぬがな」
「それは……」
ルテアは動く方のこぶしを握り締めた。
できもしないことを、しようとする。このけがを、守るべき対象に庇われながらそばにいる。多分、そうなってしまうのは事実だ。
それでも、足手まといだと、役立たずだと、自身が認めることを拒んでいた。
ルテアは再び顔を持ち上げた。
「わかった、残る。でも、半年よりも、できるだけ短くしてほしい」
「それはお前次第だ。それだけの信用を勝ち得てみせろ。父のようにな」
不安が消えたわけではない。
きっと、毎日毎日、レヴィシアの顔が頭から離れない。
それも、最後に別れた時の、困惑と微かな怯え。
次に会える時まで、それをひたすらに繰り返す――。
「誰か――ニール、お前でいい。少し休ませてやれ」
「はい」
返事をしたのは、あの少年だった。
ルテアは頭を垂れて礼をすると、立ち上がろうとした。けれど、緊張の糸が切れてしまったのか、目の前が大きく揺らいで、風景が溶けてしまったかのように意識の中から消えてしまった。




