〈2〉彼らの生き方
まだ、信用されたわけではなかった。ルテアの前方にも後方にも『クラウズ』が張り付いている。
暴れるつもりはなかったから、構わないけれど。
最初に遭遇した場所からかなり登った。もしかすると、もっと近い道があるのに、その道の存在を知られないため、わざと迂回したのではないだろうか。
普段ならなんてことはない道でも、今のルテアには堪えた。簡単に息が上がってしまう。空気の薄さも山道も慣れ親しんだ『クラウズ』の中にあって、ルテアは一人脂汗を流していた。
そんなルテアを、鷹を従えた少年は何度か振り返っていた。
その眼にあるのは、疑いと、心配だったように思う。
山であるから、常に斜面ではあるものの、到着したその場所は比較的なだらかだった。意識さえしなければ、平地のようにさえ感じられる。その木々の奥に存在したのは、集落だった。
村よりも更に小さな、住居の集まり。藁で葺いた屋根なんて、珍しいものが存在している。それから、ヤギに鶏、犬に猫、それから、鷹。動物の方が人よりも多いんじゃないかと思ってしまうような、のどかな光景だった。
クラウズの生活がこんな風だとは知らなかった。何せ、山賊集団だ。もっと、荒れた生活を想像していた。
呆然としていたルテアに、鷹を従えた少年が言う。
「こっちだ」
住居からは誰も出て来なかった。見知らぬ来訪者に、危険を感じたのだろうか。
ルテアは導かれるまま、一番大きくて奥にあった住居へ通された。よく言えば、風通しのよい家だ。戸締りも何も、気にする必要がないのだろう。
その中央で、敷物の上にどっしりとあぐらをかいていた人物が首領のようだ。
クラウズたちはいっせいにひざを付いた。ルテアも慌ててそれに倣うが、折れた肋骨には厳しい体勢だった。更に脂汗を流し続けるルテアに、しわがれた声が降る。
「なんだ、獲物まで連れ帰ったのか?」
「はい、それが……」
一番年嵩の男が口を開く。
「この少年、バートレットと名乗りました。酋長に会わせろと」
「ほぅ」
ルテアは、許しが出る前に顔を上げた。
正面にいたのは、よく日に焼けた肌をした老人だった。髪は白く、しわだらけだが、少しも弱々しさはない。細身ではあるものの、未だ衰えていない筋肉を持った、逞しい老人だった。
彼はルテアの顔をじっと眺めていた。
「バートレットとは、ホルク殿の子か?」
滴る汗を拭い、ルテアは答える。
「息子のルテアです。どうか、話を聴いて下さい」
それでも、彼は探るような目をしていた。
「似ておらんな」
それを言われても困る。
「顔形はそうかも知れません。けれど、父とあなたたちとの繋がりを知っていることが証拠にはなりませんか? 他人では知り得なかったはずです」
すると、ようやく彼は納得してくれたようだった。こんな、けがだらけの子供一人、警戒するほどでもないと思っただけかも知れないが。
「なるほどな。――吾はムタルド=ルーウェイ。この集落の長だ。それで、話とは?」
聴いてくれるつもりがあるようだ。ルテアはほっとしたけれど、肝心なのはこれからだ。気を引き締め直し、ルテアは切り出す。
「あなたたちの領域を侵す旅人がいるのだとしたら、それは仕方がないと思うけれど、近頃、その領域の外でまで旅人を襲っていると聞きました。もし、これが事実なら、そういったことは金輪際しないで頂きたい」
その途端、ざわりと声が上がった。
ムタルドは、顎を鷹揚にさする。
「どうやら、ホルク殿から詳しい事情は聞かされていないようだな」
ぎくり、とルテアは身を強張らせる。確かにその通りだ。
彼らがどういった経緯で旅人を襲うのか、何故この地に潜むのか、そういった事情までは聞かされていない。
「すみません。父はそこまでのことを話す前に亡くなりました」
すると、ムタルドはそうか、と小さくつぶやいた。
「彼の死は、町に下りた者から聞いた。我らにとっても、あれほど悲しかったことはない」
父が山賊と心を通わせた。それは間違いのないことのようだ。
ただ、山賊であれなんであれ、父の死を悼んでくれた彼らに、ルテアは少しだけ感謝した。
「ありがとうございます」
けれど、それとこれとは話が別だ。
「それで、旅人を無闇に襲うな、と言うのだな?」
再びルテアに向き直ったムタルドの表情は厳しかった。けれど、ルテアは負けじとその眼を見返す。
「はい」
「恩人の息子の頼みだ。聞いてやりたいのは山々だが、それはできない」
「何故!?」
「吾らは、そうすることでしか生きられぬからだ」
ルテアは思わず絶句した。
「この地は土壌は固く、作物を作るに適さない。奪うことでしか、生きられぬのだ」
「そんな……」
「お前たちにとって、吾らは山賊の類であろう。けれど、吾らはこの国に根付く最古の民。お前たちが奪ったものを奪い返す。それが吾らの生き方だ」
ルテアはムタルドの言葉に呆然としていた。
先住民族と。
奪うことが当然だと。
それを否定できないのは、否定することが彼らに死ねと言うことだと思ってしまったからかも知れない。




