〈1〉クラウズ
ここからは、四章の最後に別れたルテアの別行動です。
時間を遡って下さい(笑)
全十一話になります。
満ち行く月が、夜道を照らしてくれた。
けれど、足取りは決して軽いとは言えない。
痛みを伴う歩み――。
もちろん、骨が折れているのだから、ひとつひとつの動きも響くけれど、それ以上に痛いのは心だった。
静かな町を歩くルテアはぼんやりと夜空を見上げる。
あそこで出くわしてしまったことが、お互いにとって最悪のこととなった。心まで守りたいなんて言っておいて、自分で傷付けてしまう。
気持ちを伝えたら、もっと晴れやかな気分になれるのかと思った。
でも、実際は貪欲になるばかりなのだと、改めて思い知る。
笑っていてほしい。
でも、それは。
他の誰でもない、自分の隣で――。
取り留めのないことばかりを考えて、朝を迎えた。
あまり荷物は持てないので、最低限の食料と灯りと着替えだけを買い求め、その店で朝まで休ませてもらった。昔なじみの店主は、詳しい事情を聴かずに、ルテアの要望に答えてくれただけだった。
そして、ようやくその山に臨む。
盗賊集団『クラウズ』――彼らの根城とするタルタゴ山。硬質な岩肌が覗く、小高いその山に、ルテアはすでに疲弊した体で足を踏み入れる。それが愚かな行為であったとしても、これは避けて通れないことだから。
※※※ ※※※ ※※※
斜面は、最初から急なものだった。思った以上に体力を奪われる。休み休み進むしかなかった。
疲労から、腕の痛みが増したように思うけれど、気のせいだと振り払った。のどの奥からかすれた息遣いがもれ、額から汗が滴り落ちる。
クラウズの領域は、トイナックから登ると、王都へ抜ける最短の道になる部分だ。早く着けたとしても、身包みはがされるこの道は、最早道だという認識もない。誰もが避けて通る場所。通るのは、獣くらいだろう。
うっすらと山肌に生える草を踏み、ルテアはその方向へと足を進める。
いつ、出会ってもおかしくはない。覚悟はできている。
降り注ぐ日差しを見上げた時、ルテアが見た影は、甲高い鳴き声を上げて空を舞っていた。
まるで笛の音のような鳴き声。
大きな翼を広げて旋回するのは、鷹だった。茶色の勇猛なその姿は、まさしく空の王者だ。その強さに憧れる。
ぼんやりとその鷹を見上げていたルテアの耳に、鷹の鳴き声が再び響いた。その途端、鷹は急降下し、ルテアの眼前に迫る。
「っ!」
ギリギリのところでルテアはその鋭い爪をかわすが、バランスを崩して転倒した。とっさに腕は庇ったけれど、痛みに目が眩む。
そうして、鷹は再び空に舞い戻り、旋回する。
さすがに、ネズミやウサギではないのだから、鷹に食われるとは思わない。いきなり人間を襲うなんて、まず考えられなかった。
誰かが操っているとするのなら、その誰かとは、まず間違いないだろう。
ルテアは立ち上がると、声を張り上げた。
「おい! 出て来いよ!」
それでも、辺りはシンと静まり返っている。それでも、ルテアは続けた。
「こっちはけが人なんだから、いきなり襲うな! 話くらい聴けよ!」
その途端、きらりと光を受けて何かが飛んだ。それが何かを確認するよりも先に、ルテアはそれをかわす。その細身のナイフはザクリと地面に刺さった。
「だから――」
苛立ち半分に声を上げると、どこからともなく笑い声が響いた。風が揺らす木々の音と混ざりながら、その声は言った。
「二度目もってことは、まぐれじゃないか。すばしっこいネズミだな」
誰がネズミだ。カチンと来たが、まあいい。
声は、思いのほか若い男の声だった。
「出て来いよ。お前、『クラウズ』だろ?」
すると、その人物は木の太い枝の上に立っていた。そこから、ルテアを見下ろしている。
年齢は、多分自分とほとんど変わらない。ひとつふたつ上という程度だろう。
こげ茶色の短髪に、赤茶色の瞳。その目の下には、斜めに破れたような小さな傷跡があった。鷹を操っているのはやはりこの少年だろう。
動きやすそうな薄い麻の服だが、腕周りだけしっかりと布を巻き付けて保護している。少年は、腕を高くかかげ、そこに鷹を止まらせた。
そして、彼は笑った。
「だったら、どうだって言うんだ? 身包み置いて行ってくれるのか?」
気付けば、木々の間から覗く顔は十人を越えていた。囲まれているようだ。
戦いに来たのではないから、別に構わないけれど。
「まさか」
と、ルテアも笑う。
そんな落ち着きが、彼らにとっては不思議だったのかも知れない。警戒の色が強くある。
「話をしに来ただけだ」
「話? なんだ、お前……」
眉根を寄せた少年に、ルテアはひとつ深呼吸をして気持ちを落ち着けると、言った。
「俺はルテア=バートレット。『クラウズ』と話をしに来た。首領に会わせてもらいたい」
途端に、周囲から声が上がる。
「バートレット……」
「ほんとに?」
「あの人の……」
父親のことを信じていなかったわけではないけれど、多少の不安がなかったとも言えない。だから、彼らのそのつぶやきでほんの少し安心できた。
鷹を従えた少年は、じっとルテアを厳しい面持ちで眺めていたかと思うと、不意に表情を和らげた。
「わかった。付いて来いよ。ただし、変な真似はすんなよ」




