表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Full of the moon  作者: 五十鈴 りく
Chapter Ⅴ´

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

201/311

〈1〉クラウズ

 ここからは、四章の最後に別れたルテアの別行動です。

 時間を遡って下さい(笑)

 全十一話になります。

 満ち行く月が、夜道を照らしてくれた。

 けれど、足取りは決して軽いとは言えない。

 痛みを伴う歩み――。

 もちろん、骨が折れているのだから、ひとつひとつの動きも響くけれど、それ以上に痛いのは心だった。


 静かな町を歩くルテアはぼんやりと夜空を見上げる。

 あそこで出くわしてしまったことが、お互いにとって最悪のこととなった。心まで守りたいなんて言っておいて、自分で傷付けてしまう。


 気持ちを伝えたら、もっと晴れやかな気分になれるのかと思った。

 でも、実際は貪欲になるばかりなのだと、改めて思い知る。

 笑っていてほしい。

 でも、それは。

 他の誰でもない、自分の隣で――。



 取り留めのないことばかりを考えて、朝を迎えた。

 あまり荷物は持てないので、最低限の食料と灯りと着替えだけを買い求め、その店で朝まで休ませてもらった。昔なじみの店主は、詳しい事情を聴かずに、ルテアの要望に答えてくれただけだった。


 そして、ようやくその山に臨む。

 盗賊集団『クラウズ』――彼らの根城とするタルタゴ山。硬質な岩肌が覗く、小高いその山に、ルテアはすでに疲弊した体で足を踏み入れる。それが愚かな行為であったとしても、これは避けて通れないことだから。



        ※※※   ※※※   ※※※



 斜面は、最初から急なものだった。思った以上に体力を奪われる。休み休み進むしかなかった。

 疲労から、腕の痛みが増したように思うけれど、気のせいだと振り払った。のどの奥からかすれた息遣いがもれ、額から汗が滴り落ちる。


 クラウズの領域は、トイナックから登ると、王都へ抜ける最短の道になる部分だ。早く着けたとしても、身包みはがされるこの道は、最早道だという認識もない。誰もが避けて通る場所。通るのは、獣くらいだろう。


 うっすらと山肌に生える草を踏み、ルテアはその方向へと足を進める。

 いつ、出会ってもおかしくはない。覚悟はできている。


 降り注ぐ日差しを見上げた時、ルテアが見た影は、甲高い鳴き声を上げて空を舞っていた。

 まるで笛の音のような鳴き声。

 大きな翼を広げて旋回するのは、鷹だった。茶色の勇猛なその姿は、まさしく空の王者だ。その強さに憧れる。

 ぼんやりとその鷹を見上げていたルテアの耳に、鷹の鳴き声が再び響いた。その途端、鷹は急降下し、ルテアの眼前に迫る。


「っ!」


 ギリギリのところでルテアはその鋭い爪をかわすが、バランスを崩して転倒した。とっさに腕は庇ったけれど、痛みに目が眩む。

 そうして、鷹は再び空に舞い戻り、旋回する。

 さすがに、ネズミやウサギではないのだから、鷹に食われるとは思わない。いきなり人間を襲うなんて、まず考えられなかった。

 誰かが操っているとするのなら、その誰かとは、まず間違いないだろう。

 ルテアは立ち上がると、声を張り上げた。


「おい! 出て来いよ!」


 それでも、辺りはシンと静まり返っている。それでも、ルテアは続けた。


「こっちはけが人なんだから、いきなり襲うな! 話くらい聴けよ!」


 その途端、きらりと光を受けて何かが飛んだ。それが何かを確認するよりも先に、ルテアはそれをかわす。その細身のナイフはザクリと地面に刺さった。


「だから――」


 苛立ち半分に声を上げると、どこからともなく笑い声が響いた。風が揺らす木々の音と混ざりながら、その声は言った。


「二度目もってことは、まぐれじゃないか。すばしっこいネズミだな」


 誰がネズミだ。カチンと来たが、まあいい。

 声は、思いのほか若い男の声だった。


「出て来いよ。お前、『クラウズ』だろ?」


 すると、その人物は木の太い枝の上に立っていた。そこから、ルテアを見下ろしている。

 年齢は、多分自分とほとんど変わらない。ひとつふたつ上という程度だろう。

 こげ茶色の短髪に、赤茶色の瞳。その目の下には、斜めに破れたような小さな傷跡があった。鷹を操っているのはやはりこの少年だろう。

 動きやすそうな薄い麻の服だが、腕周りだけしっかりと布を巻き付けて保護している。少年は、腕を高くかかげ、そこに鷹を止まらせた。

 そして、彼は笑った。


「だったら、どうだって言うんだ? 身包み置いて行ってくれるのか?」


 気付けば、木々の間から覗く顔は十人を越えていた。囲まれているようだ。

 戦いに来たのではないから、別に構わないけれど。


「まさか」


 と、ルテアも笑う。

 そんな落ち着きが、彼らにとっては不思議だったのかも知れない。警戒の色が強くある。


「話をしに来ただけだ」

「話? なんだ、お前……」


 眉根を寄せた少年に、ルテアはひとつ深呼吸をして気持ちを落ち着けると、言った。


「俺はルテア=バートレット。『クラウズ』と話をしに来た。首領に会わせてもらいたい」


 途端に、周囲から声が上がる。


「バートレット……」

「ほんとに?」

「あの人の……」


 父親のことを信じていなかったわけではないけれど、多少の不安がなかったとも言えない。だから、彼らのそのつぶやきでほんの少し安心できた。

 鷹を従えた少年は、じっとルテアを厳しい面持ちで眺めていたかと思うと、不意に表情を和らげた。


「わかった。付いて来いよ。ただし、変な真似はすんなよ」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ