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Full of the moon  作者: 五十鈴 りく
Chapter Ⅰ

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〈18〉とある傭兵の噂

 ルイレイルを出発した調査隊はというと――。



「ロイズさんが囚われている監獄は、南のヴァンディアの丘に位置する。前方は遮蔽物のない平原、後方は海。守るには堅いところだよな」


 サマルはため息混じりにそう言った。


「一番近くにあるギールの町って、どんなところなんですか?」


 とりあえずの目的地はそこだ。プレナはラナンにそう尋ねる。


「あそこは傭兵の出入りの多い町だよ。監獄が近いせいだろうな。賞金首の引き渡し、移動中の警備…色々とな」


 その言葉に、傭兵であったはずのシェインはへぇ、と小さく言った。


「そうなんだ? オレ、まだ行ったことないし」

「そうか。俺も過去に傭兵稼業を少しだけかじったことがあるんだ」


 その一言に、サマルは意外そうにラナンを見た。


「へぇ、初耳だな」


 サマルとラナンの付き合いは一年程度だが、それでも知らなかった。


「そうか? まあ、ほんとに短期間だったからな。何せ、危険なくせに安定してないし、俺には向いてなかったよ」


 と、ラナンは苦笑するが、サマルにはなんとなくラナンが傭兵を続けなかった理由が理解できた。

 留守がちなルテアの父、ホルクに代わり、ルテアのそばにいたラナンは、幼かったルテアの信頼を父親以上に得ていたと誰かが言っていた。自分によく懐いた子供に、行かないでと泣かれたら、多分断れなかったのだろう。

 人がよすぎる。損な役回りだ。



 坂道に差しかかると、体力のないザルツとプレナはすぐに息が上がってしまっていた。

 そんな二人を励ましつつ、ラナンは昔を思い出す。

 傭兵稼業をしていた期間は確かに短かったけれど、そこで知り合った人々から聞こえた噂話のいくつかは、今も耳に残っている。


 そのうちのひとつが、とある傭兵の噂だった。

 年若くも、彼は天性の才を誇り、無敗の記録を更新していた。

 ただ、雇い主の意向や報酬にこだわりはなく、剣を振るうことに生き甲斐を感じているかのように奔放だったという。

 彼の名が仲間内で広まって行ったのは、彼の強さばかりのせいではない。傭兵という職種に相応しくない人間だったからだ。

 彼はある時期から急になりを潜め、死んだとも噂された。

 その真偽は定かではない。


 今まで、そんな噂の存在はすっかり忘れていた。今更になって思い出したのは、その名を聞いてしまったからだ。

 剣ではなく弓を使い、奔放どころか落ち着いた青年で、共通点は年齢くらいだろう。

 もし彼があの『ユイトル』と同一人物であるとしたら、それが意味することはなんだろう。

 そんな疑問符が頭を占める。


 けれど、ラナンはそこで思考を止めた。ルテアに偉そうなことを言ったくせに、何を疑うのかと。

 レヴィシアが信頼し、そばに置くのなら、何者であっても関係ない。

 ユイに志があってのことなら、誰かがとやかく言う問題ではないのだから。

 だから、こんなことは誰にも告げる必要はない。気付いた人間がいないのなら、言わないままにしておけばいい。必要であれば、彼は自ら告げるだろう。


「どうかされましたか?」


 急に黙ったラナンに、ザルツが視線を向ける。彼も知らない事実かも知れないが、波風は立たせない方がいい。


「いや、少し昔を思い出してただけだ」


 そう、笑って返した。




 そうして、坂を下って辻馬車を拾い、ギールにたどり着いたのは、その日の日没だった。予想以上に道が悪く、天候も一時的に崩れ、時間を要してしまったのだった。

 この時間から急に宿を見付けられるかが問題だったが、そこはサマルが要領よく動いて見付けて来た。その辺りはさすがと言える。

 そこは民家を改築したような、宿としては小さな建物だった。けれど、その方が客も少なく、むしろ都合がよかった。


 部屋をふたつ取り、ひとつはプレナが使い、もうひとつに男性四人という偏った部屋割りだが、これは仕方がない。

 プレナも就寝する前までは男性たちの部屋にいた。

 低く取り付けられた窓から、なんとなく薄暗い街灯を眺める。まだまだ町は騒がしく、酒気を帯びた荒々しい男たちが笑い合う声が聞こえて来た。


「ま、今日はゆっくりして、明日からがんばろうな」


 シェインはソファーでくつろぎながらそう言った。この妻子持ちの青年は、他人に対する壁が薄く、すぐに打ち解けていた。クオルの人懐っこさも彼に似たのだろう。


「そうだな。明日だ、明日」


 サマルも疲れてベッドに横たわる。疲労困憊のザルツも同じような体勢になりたいと思っているだろうが、彼はまだやせ我慢をしていた。


「しくじるなよ」


 その一言に、はいはい、とぼやいてサマルは苦笑する。


「俺に手伝ってほしいことはあるか? あれば言えよ」


 そんなラナンの優しさが、サマルの疲れた身に染みる。ただ、その話の流れに危機感を覚え、サマルは先に釘を差した。


「ありがと。けど、プレナはいいよ。外出禁止な。ここ、物騒だから。いいな?」


 その途端、プレナは溜め込んでいた感情が噴出するのを止められなかった。甲高い声で叫ぶ。


「よくない!」


 他の四人は、おとなしいプレナの突然の憤慨に目を丸くした。


「なんで? どうして? 物騒なのはわかってるわ! でも、それじゃあ、私はなんのためにここに来たのかわからないじゃない!」


 戦うことはできなくても、情報収集なら役に立てる。そう思ったのに、認めてくれないどころか、何もさせてもらえない。

 理不尽な憤りが満ち、声を出すのも苦痛なくらい、のどが痛くて焼け付くようだった。

 それでも、泣き顔なんて見せたくなかった。


「プレナ……」


 サマルは起き上がっておずおずと声をかけたが、プレナはもう口を利いてくれなかった。

 荒々しく足音を立て、部屋を出て行く。

 追うことができる人間はいなかった。


「あ、兄が妹の心配をするのなんて、当たり前だろ? そりゃあ、少しは過保護かも知れないけどさ……」


 語尾を濁し、うな垂れたサマルは、ひどく寂しそうだった。ラナンは苦笑し、シェインは肩をすくめる。ザルツは嘆息した。


「怒るのも無理はないのかも知れないな。あいつにはあいつの思いがあって、危険だから隠れていろというのは、こっちの都合だ」


 ぐ、とサマルは言葉を飲み込む。そんな彼に、ラナンも冷静に告げた。


「身勝手を承知で危険にさらしたくないって思うなら、このまま怒らせておくのも手か。部屋に閉じこもっているなら、厄介ごとに巻き込まれたりしないだろうし」

「ますます嫌われるよぅ……」


 しくしく、と泣き真似を始めたサマルにとっては、見た目以上に深刻な問題だったのかも知れない。


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