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Full of the moon  作者: 五十鈴 りく
Chapter Ⅴ

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199/311

〈34〉おめでとう

 その日は、本当に信じられないような日だった。

 前の晩は、気持ちが昂ぶって眠れなかった。自分のことのように嬉しかったから。

 それでも、レヴィシアは寝不足も感じないほどに朝から飛び回っていた。


「みんなそろった? あ、サマルは?」


 廊下を走るレヴィシアと、すれ違いざまにエディアが苦笑する。


「大丈夫、すぐに来ますよ。それより、プレナさんに付いていてあげたらどうですか?」

「うん、そうだね!」


 飛び跳ねるようにして、うきうきと駆ける。

 今日、ザルツとプレナは結婚する。こんな時だから、式は挙げないと言った二人だが、仲間たちが納得しなかった。盛大な挙式でなくとも、内輪でなんとかしよう、と二人の意見を却下する。

 大げさにはしたくないからと言うけれど、プレナは嬉しそうだったように思う。

 クランクバルド家の敷地は十分に広く、その庭の一角を借りるだけで十分だった。公爵に頼めば、色々と用意してくれたのかも知れないが、仲間たちの手作りの式も素敵だと、レヴィシアは胸を弾ませる。


 プレナは、部屋にいた。シーゼが化粧など、何かと世話を焼いてくれているらしい。

 レヴィシアは、ドキドキしながら部屋をノックした。


「入ってもいい?」

「いいわよ」


 プレナの返事が返り、レヴィシアはそろりと扉を開いた。中に入る前に、その位置から覗き込む。

 ドレスはいいから、と白いロングワンピースという簡単な服装だ。それに短めのベールを被っている。それだけの格好だというのに、びっくりするくらいきれいだった。内側からキラキラと輝いている気がした。

 何か、言葉にできない色々なものが込み上げて来て、レヴィシアの瞳は潤んでいた。そんな彼女に、プレナは微笑む。


「入って来たら?」

「うん!」


 せっかくの装いなので抱き付いたりはしない。レヴィシアは頬を紅潮させてうっとりとプレナを眺めた。シーゼも明るく笑って言う。


「きれいでしょ?」

「うん、すごくきれい……」

「ありがとう」


 幸せなんだな、と誰が見てもわかる、そんな笑顔だ。

 プレナが幸せだと、レヴィシアも嬉しかった。



        ※※※   ※※※   ※※※



「――こんなところに」


 ため息混じりにつぶやく声がした。

 バルコニーに腕を預け、支度の進む中庭を眺めていたサマルは、緩慢に振り返る。振り返らずとも誰だかわかったが、エディアがどんな表情を自分に向けているのかが気になっただけだ。

 彼女は、苦笑していた。


「よかったんですか?」


 と、エディアはサマルの隣に移動した。彼女のまっすぐな髪がサラサラと風に揺れる。


「よかったって、ザルツとプレナのこと?」

「ええ」


 そこでサマルは笑った。はっきりと、明確に。


「もちろん。だって、俺が頼んだんだから」

「頼んだ?」


 エディアがきょとんとした表情をサマルに向ける。


「そう。がんばったご褒美に、プレナの幸せな顔を見せてくれって」


 プレナが幸せで、それを見守る良き兄でいられれば、もうそれだけでいいと思えた。他のやつじゃなくて、ザルツだから、その決断ができた。それだけは確かなこと。


「それは、がんばりましたね」


 柔らかな声と、穏やかな微笑。

 傷の舐め合いというやつだろうか。

 それでも、何かとても癒されたような気がする。


「勝負は俺の勝ち?」

「私の勝ちでしょう?」

「……どっちでもいいか」

「ええ、どうだって」


 二人は青空の下、笑い合った――。



        ※※※   ※※※   ※※※



 わあわあと、賑やかな声が庭先に響き渡る。

 クランクバルド家お抱え庭師たちの好意で分けてもらった色とりどりの花を、レヴィシアは二人の通り道に盛大に振り撒いていた。リュリュがベールの裾を緊張の面持ちでつかんで歩く。


 けれど、それ以上に緊張していたのは、多分ザルツだろう。灰色のジャケットの胸に花を挿しているが、どう見ても仏頂面だった。機嫌が悪いのではなく、恥ずかしいのだろうと誰もが理解しているけれど。まさか、こんなさらし者にされるとは思っていなかったようだ。


 その仏頂面を緩和するくらい、寄り添っているプレナが微笑んでいた。クオルやゼゼフも、花嫁に見とれている。フィベルは普段からぼうっとしているので、見とれているのかどうか定かではなかった。師匠はどうしてるかな、とか考えていたのかも知れない。


 仲間たちが二人を囲み、おめでとうと口々に声をかける。

 用意された踏み台の上に立つサマルは、リングピローと誓書を手に待ち構えている。

 新婦の兄が神父役。サマルが言うには、神様よりも俺に誓えということらしい。

 シンと静まり返った中、サマルの声がいつになく真剣な響きを持つ。朗々と読み上げられる文言に、新郎新婦の二人はうつむきがちに耳を傾けている。


「――病める時も、健やかなる時も、死が二人を分かつまで――」


 聞くまでもなくわかり切っている誓いを、皆は静かに聴いた。


「誓います」


 たったそれだけの短い言葉に、驚くような重みを感じるから不思議だ。レヴィシアは、二人が向かい合って指輪を交換する様子を、すでに泣き出しそうな面持ちで見つめていた。

 そして――。

 サマルがパシン、と本を閉じる。


「じゃあ、そういうことで」


 手を振り、閉式をアピールする。理由はわからなくもない。それに乗って逃げようとするザルツも、周囲から顰蹙ひんしゅくを買うのだった。特にフーディーが杖を振り回して。それを、困惑したニカルドが抑えるのだから、本当に元気な老人だ。

 レヴィシアはサマルを台の上から突き飛ばし、代わりにそこに立った。苦虫を噛み潰したような表情のザルツと、少し照れたようなプレナに、レヴィシアは満面の笑みを向ける。


「はい、じゃあ、誓いのキスをして下さい」


 周囲のはやし立てる声と、ティーベットが鳴らす甲高い指笛の中、渋々観念したザルツがベールを持ち上げ、触れたか触れないかわからないようなキスをした。結果、やり直しとなるのだが。

 レヴィシアは特等席でそんな光景を眺めながら、また手もとのかごから花を撒いた。


「おめでとう!!」


 目尻の涙を拭いながら微笑むプレナと、それを気遣うように見守るザルツの姿に、レヴィシア自身も幸せを噛み締めていた。


 その後のブーケトスを、レヴィシアは辞退した。まだ早いので、と。もちろん、リュリュも早すぎますので、とユミラが下げた。アーリヒは既婚者なので論外だ。受け取ったらシェインが泣いてしまう。

 結果、エディア、シーゼ、レーデの三人が残される。アランは体調が優れないとのことで、レーデだけが来てくれた。


「私はいいわ」


 苦笑して下がろうとしたレーデの背を、エディアが押さえる。


「駄目ですよ。祝福する意味を込めて参加して下さらないと」


 確かに、受け取る相手がこれ以上減ってしまっては盛り上がりに欠ける。ただし、誰も積極的に取りに行くタイプではなかったのだが。

 クランクバルド家の庭の花で作ったブーケは、放物線を描いて落ちて行き、シーゼはそれを受け止める。ただし、顔面で。


「ぶ……」


 まさか自分のところに来ると思わず、油断し切っていたのだろう。顔に当たり、下に落ちかけたブーケを慌てて受け止めたのだった。


「アンタ、剣士だろ? もうちょっと鮮やかに受け止められなかったのかい?」


 と、アーリヒに呆れられてしまったのも、無理はない。


「スミマセン……」


 ブーケを手に、シーゼは謝る。そんな光景を、レヴィシアは微笑ましく見ていた。

 シーゼの花嫁姿も、きっとすごくきれいだろうな、と。

 ユイに目を向けると、まるで表情を浮かべていなかった。何を考えているのだろうか。

 幸せになってほしいと願っているのは事実だろうけれど。



         ※※※   ※※※   ※※※



 そうして、その夜、ベッドの中でレヴィシアはあたたかな気持ちを抱えながら眠りにつく。

 活動を始めることを決意した日から、こんな幸せがあるとは思わなかった。こんなことがあるなら、これからもがんばれる。


 今は、思い悩んでいたことが、些細なことだと思えた。心配なんかしなくてもよかった。自分が誰であろうと、周りからどう見られようと、関係ない。ユミラが言ってくれたように、自分がどうしたいのかを見失わなければ、自分は自分だ。

 仲間たちと共に、望む未来を手にする。

 そう、決意を新たにした。


 ただ、だからこそ、ルテアとも一緒にこの気持ちを分かち合いたかった。

 どうして、未だに音沙汰のひとつもないのか。

 今、この時、どうしているのか。いつになったら会えるのか。

 幸せな気持ちがほんのりと冷えたけれど、今日はいい夢が見られることを祈ってまぶたを閉じた。


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