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Full of the moon  作者: 五十鈴 りく
Chapter Ⅴ

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〈31〉幸せはささやかに

 リレスティに帰還した日、結局プレナはザルツと落ち着いて話すことができなかった。

 再び会えたら、少しくらいのわがままを言っても許されるだろうかと、それを励みにしていた。なんてことを言ったら、困った顔をするかも知れないけれど。


 仲間たちは、あたたかく迎えて労ってくれた。だから、その輪の中から上手く抜け出せなかった。サマルは要領よく抜け出し、ザルツと話していたから、ずるい。

 その夜、ベッドの中から隣のレヴィシアに尋ねる。


「……ねえ、ザルツ、どうしてた? うん……心配してくれてたのはわかるんだけど」


 少し、やつれた印象だった。けれど、取り乱すような人ではないから、多分傍目には淡々としていたのだろう。わかってはいるけれど、やはり尋ねてしまった。それは、今日のうちにちゃんとザルツと話せなかったせいだ。

 すると、レヴィシアは隣のベッドで寝返りを打つように転がると、何か急に大人びたような笑みを浮かべていた。


「内緒」

「え?」

「あたしからはなんにも言わない」


 プレナは思わず起き上がっていた。


「なんで?」


 意味がわからず、目を白黒させたプレナに、レヴィシアはようやく悪戯っぽいいつもの笑顔になった。


「今回はザルツの味方してあげるの」

「何それ」


 と、プレナも苦笑する。余計なことは言うなと口止めでもされたのだろうか。


「おやすみ」


 言ったそばからもう寝息が聞こえる。プレナは仕方なく眠るのだった。



        ※※※   ※※※   ※※※



 その翌朝、ザルツを探すけれど、見付からなかった。


「プレナ、ザルツだったら町に行くって言って出て行ったけど?」


 廊下ですれ違ったシェインがそんなことを言った。何も言っていないのに、先に言われてしまった。


「あ、そうなの? うん、ありがとう」


 なんでもないことのように返したけれど、心底落胆していた。また、捕まらない。

 仕方がないので、部屋に戻ると、レヴィシアはいなかった。一人、窓際でぼうっと考え事をする。

 そうしていると、時間なんてあっという間だった。なのに結局、頭の中はなんの整理もできないままだった。


 ――以前と同じだ。

 考えて、口にしようとした気持ちも拒まれた。

 もしかすると、避けられているのかも知れない。

 諦め切れていない気持ちを見透かされているのだろう。

 惨めだと思うのに、どうしたらいいのかわからなかった。

 思考は、悪い方にしか向かわない。なんとなく、涙がにじんでしまう。


 そんな時、ドアが叩かれた。


「プレナ、いるか?」


 その声に、心臓が鷲づかみにされた。慌てて扉を開く。


「少し、いいか?」


 いつになく穏やかに微笑むザルツに、プレナは言いようのない違和感を感じた。何か、胸騒ぎがするというべきか。


「え、あ、うん」


 そう答えたものの、これは以前と逆のパターンだ。状況が似ている。

 プレナは嫌な予感を感じつつも、部屋の奥へ戻った。ザルツも、中へ踏み込み、扉を締めた。

 やはり、あの時と同じだ。

 この、縮まらない距離がある。


 それでも、労いの言葉のひとつくらいはかけてくれるつもりで来たのだろう。

 がんばったな、とその一言でいい。ささやかな幸せで満足するから。

 大丈夫。大丈夫。

 プレナはなんとかして自分を落ち着ける。

 そこで、ザルツが口を開いた。


「あの――」

「な、何?」


 落ち着けたつもりが、やはりびくびくしてしまった。そんな様子に、ザルツは苦笑する。


「すごく、虫のいいことを言うと、怒るかも知れないけれど――」


 意味がわからず、プレナが小首を傾げると、ザルツは一度深呼吸し、それからはっきりとした声で言った。



「俺と結婚してくれないか?」



 呆然とするしかなかった。頭の中からすべてのことが抜け落ちて、真っ白になる。

 今、なんと言ったのか。

 錯覚のような気がして来た。

 なんのリアクションもないプレナに、ザルツは言い訳をするような口調でつぶやく。


「サマルには許可を貰ったんだ。後は――」


 それを、プレナが遮る。


「ねえ」


 彼にしては珍しく動揺した。顔を上げ、その目を見る。


「改革はいいの? 他のことは考えられないんじゃないの?」


 そこで、小さく嘆息する音がした。


「お前がいないと、改革のことも、何も、考えられない。それがわかった。あんな馬鹿みたいなこと、二度と言わない」


 一歩ずつ、距離が近付く。


「多分、苦労はかけることになるけれど」


 こんな時まで正直だ。だから、笑ってしまった。


「いいわよ、かけても。一緒にがんばってくれるなら」


 プレナも一歩ずつ、歩み寄る。その手を取り、ザルツは握り締めていた指輪をはめた。シンプルなデザインの、翡翠の輝く指輪。サイズは少し大きく、その不手際さに笑ってしまったけれど、多分、今までの人生の中で一番幸せな瞬間だった。

 その顔を見上げると、ザルツはしばらく黙り、それからプレナの手を離した。


「……じゃ、そういうことで」


 と、きびすを返す。プレナは思わずその服をつかんだ。


「何、それ」

「何って……」


 わかっている。

 多分、相当に恥ずかしかったのだと。


 けれど、勘弁してあげるつもりはなかった。

 こんな結末があるのだと知らなかったから、たくさん泣いて損をした。その分だけ償ってもらおうかと。


 すでに尻に敷かれてる!?

 それくらいが平和でいいですよね。

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