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Full of the moon  作者: 五十鈴 りく
Chapter Ⅴ

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〈30〉ご褒美

 そうして、組織の面々は日々を過ごし、プレナとサマルが伝染病のはびこる村に向かってから三ヶ月が経った。

 その間、本格的な活動はできなかった。


 けれど、公爵が連れて来る、彼女の見込んだ人物たちと何度か会見をした。ザルツやロイズは彼らと話し合うことで、民主国家に向けて段々と形を詰めて行く。表立った動きではないけれど、無駄な時間ではなかった。


 ロイズは、穏やかな人だったけれど、時折ぶつかる弁論に折れることをしない。

 そのことに、レヴィシアは少なからず驚いた。公爵のもとにいる彼は、民主国家にとって必要とされる案を提示し、詰めて行くという、内々の働きをしているらしい。

 もともと、ロイズは役人であった時期があるのだという。彼は、法にも精通していたのだ。


 その、生き生きと語る姿は、レヴィシアたちが出会う前の、リッジが心酔した本来の姿なのかも知れない。

 役割を得て、傷を受け入れ、再び立ち上がった。そうなのだとしたら、嬉しい。


 皆、少しずつ前に進んでいる。



 そうしている間に、彼女らの耳にも伝染病の顛末が聞こえ出した。

 収束に向かっているのだと。

 ただ、二人の安否はまだ知れなかった。


 そんなある日、一通の手紙が届く。

 その手紙は、サマルからザルツに宛てたのものだった。

 手紙を開く彼を囲み、皆はお互いを押しのけるようにして手紙を覗き込む。



 そこに書かれていた内容は、免疫のある人間を公爵が募って寄越してくれたこと――。

 お陰で、手が足りて迅速に対処できた。病は治まりつつあり、立ち直った人々も、看病に手を回せるようになった。だから、そろそろ戻れると思うけれど、念のため、村を離れてから潜伏期間以上の日数が経過し、伝染の可能性がないとわかってから帰るつもりだ、と。



 そんな数日間を、組織の面々は待ち遠しく感じながらも耐えた。

 特に、レヴィシアとザルツは両極端で、レヴィシアは目に見えて浮かれていたが、ザルツは気を抜くと顔がゆるむのか、常に仏頂面だった。ただ、いつもの落ち着きがなく、すぐに手から物を落としてばかりいる。


 そんな二人を見守りつつ、仲間たちは時を過ごす。


 

 そうして、あの陽気な声が屋敷に戻って来た。


「たっだいま――って、うわ!」


 扉を開いて笑顔を振り撒いたサマルに、レヴィシアは唐突に飛び付いた。


「おかえり!!」


 バランスを崩したサマルが倒れそうになったので、レヴィシアは彼を突き飛ばすと、隣で微笑んでいたプレナに抱き付いた。


「プレナ!!」

「うん、ただいま」


 その優しい声が懐かしい。二人はどこか以前よりも痩せていて、言いようのない翳を抱えていたように思う。目を背けたくなるものを見て、つらい思いをして、たくさん泣いたことだろう。


 それでも、二人は戻って来てくれた。だから、今は素直に喜ばせてほしい。

 ザルツは転がっているサマルに手を差し出して助け起こす。二人は、お互いをわかり合うように一度笑った。

 プレナは、周囲をきょろきょろと見回すと、レヴィシアの耳もとで尋ねた。


「ルテアはまだ?」

「……うん」


 小さく返す。けれど、レヴィシアはプレナに微笑んだ。


「でも、大丈夫。プレナとサマルも返って来たもん。だから、ちゃんと帰って来るよ」

「そうね」


 と、プレナは優しくレヴィシアの背を叩いた。



        ※※※   ※※※   ※※※



 その後、皆からことの顛末を訊かれ、二人は会話の中心にあった。ザルツはぼうっとそれを眺めているばかりで、中に加わらない。サマルはその中心にプレナを残し、席を立った。


「ちょっと、こっち来い」



 出かける前の晩のように、サマルはザルツと二人、クランクバルド邸の敷地を歩く。夜風が気持ちよかった。


「それでさ、俺たち、がんばったんだけど?」


 おどけて言った。

 けれど、本当に色々なことがあった。

 広まらずに抑えることができたのは事実だが、やはり、重篤な患者は救えなかった。あれもこれも、と手から零れ落ちるすべてをすくい上げようとする、そんなものだった。


 無理だから、無駄だから、そう諦められるものではなく、最後の瞬間まで希望を持っていたかった。けれど、そうしていると、他の人に手が回せなくなり、その板ばさみで苦しかった。結局、泣きながら選ぶ日々だった。


 人を救うとは、途方もなく大変なことで、看護も驚くほどに重労働だった。自分をすり減らし、相手に分け与える行為だと思えた。たった三ヶ月でそんなことを思ってしまったのだから、母親をずっと診ていたエディアはすごいな、とぼんやり感じたりも――。


「ああ……」


 ザルツは短くそう返した。

 眼鏡の下のその顔は、やはりやつれている。そんなことではないかと思ったけれど。

 サマルは苦笑した。


「で、褒美くれるんだろ?」

「そうだったな。何がほしいんだ?」


 ザルツはあっさりとそう尋ねる。サマルが旅立つ前のあの時、どんな思いであの言葉を口にしたのかなど、多分何もわかっていない。

 らしいといえばそうなのだが、いい加減、腹も立つ。


 先行して歩いていたサマルは、すたすたとザルツの前に歩み寄ると、ザルツの耳を引っ張ってやった。顔をしかめたその耳もとで、サマルはささやく。

 ザルツの横顔が、一瞬強張った。


「わかったな?」

「……お前はそれでいいのか?」

「よくなかったら言わないって」


 そう笑ったのは、強がりではない。


「じゃあ、頼んだぞ」


 肩を叩く。返事を待たず、先に戻った。

 返事は、聞かなくてもわかるから。


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