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Full of the moon  作者: 五十鈴 りく
Chapter Ⅴ

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〈29〉焦燥

 憔悴していたザルツも、レヴィシアがまめまめしくお節介を焼き、ようやく持ち直していた。もともと不健康な顔色をしていたけれど、それでも生きていると思えるだけの顔に戻る。


 一時はひどいものだった。

 その原因である二人が、今、どのような状態であるのか、確かめることもできないけれど、ザルツは立ち直りつつある。覚悟を決めたのか、信じることにしたのか、それはわからないけれど。



 レーデは、仲間たちと食堂にて繰り広げられていたやり取りを目にしていた。

 全力で彼を心配し、ぶつかっていた、あの時のレヴィシアには、なんの打算もなかった。

 ただ、救いたい一身だったのだと思う。

 そんな光景を目の当たりにした『ポルカ』の仲間たちが、アランの言い付けに従わなくなって来たのも、彼女が計算してのことではない。彼らが、あの少女を苦しめたくないと思い始めたのは、彼女自身の力だ。


 その求心力に、ファルスの援護もないアランが太刀打ちできるものではない。

 そうして、このところのレヴィシアのそばには常に誰かがいて、アランに近付く隙はなかった。仲間たちの助力のないアランには、レヴィシアが独りになりたがるよう、不安を煽る手立てもない。

 気付けば、自分を囲んでいた『ポルカ』のメンバーたちはレヴィシアのそばで共に笑っている。


 ただ焦燥が募り、アランはよく荒れた。


 一人、また一人、と去り続け、アランのそばには誰も寄り付かない。それが自身のせいだと気付けない彼は、八つ当たりを繰り返す。

 そして、そばには誰もいなくなった。


 それでも、レーデは見捨てなかった。

 もちろん、大嫌いだ。嫌悪すらしている。それでも――。



 町の一角、仲間たちが借りている民家にアランはいた。その家に戻ろうとした仲間から、アランが荒れて家を陣取っているから、説得してほしいと頼まれた。レーデの言うことなら聞いてくれるから、と。

 そんなはずはない。誰の言い分も同じだ。

 わかっているけれど、放っておけばろくなことにならないから、行くしかなかった。


 扉を開けると、民家の中はぐちゃぐちゃだった。裂けたカーテン、ひっくり返った椅子、机、割れた食器。立ち尽くすアランは、やって来たレーデを、肩で息をしながらにらみ付けた。


「レーデ、お前、ちゃんと働けよ」

「…………」

「なあ、返事しろよ」

「はい」


 淀んだ目だ。何もかもが気に入らないのだろう。

 アランはレーデのそばに近付き、その髪を抜けるほど強くつかんだ。顔を僅かに歪めた彼女の頭を壁に押し付ける。


「お前、誰のお陰で生きて来れた? 僕の家のお陰だろ?」

「……はい」

「屋敷を出て行く時、お父様に僕のことを頼まれたんだろ?」


 ――知っていたのか。


 レーデは、彼に更なる落胆をした自分を感じた。

 この駄目な息子にも甘かった当主は、家出をする彼を心配し、レーデに頼んだのだ。共に行き、息子を助けてくれと。

 そんなこと、アランは知らないと思っていた。知っていたなら、さすがに自分をついて来させなかったと。彼にも、それくらいの矜持はあるはずだと。


 けれど、そんな考えは甘かった。


 自分が共に行くことで、父親からの援助を受ける繋ぎとなる。それを承知で連れて来ていた。独立など、表向きだけ。その、どこまでも腐った性根に、レーデは心で唾棄するばかりだった。

 それでも、彼は自分こそが正しいと、特別だと言えるのだ。


「早く、あいつらを僕の前に這いつくばらせろよ。それができなきゃ、お前に価値なんてない。使用人――いや、罪人の子であるお前にはな」


 罪人の子。


 それは紛れもない事実である。

 ただ、その事実のどこにも悪意はなかった。事故なのだ。

 あの時、馬を御し切れなかった父が、貴族の娘を撥ねてしまった。そうして、父は罪人となり、家族も皆同じ運命をたどるかと思われた。


 貴族を死なせてしまったのだ。平民の命など、それに比べたら吹けば飛ぶほどに軽い。

 それを、子供に罪はないと救い上げてくれたのが、アランの父親だった。だから、恩人の頼みを断ることはできない。

 アランをどんなに嫌悪しようと、あの主人に頼まれた以上、逆らえない。

 ほとんど刷り込みのようなものかも知れないと思うのに、逆らえない。


 ただ、これは、本当に恩だけのことなのだろうかと、ふと思う瞬間がある。

 使用人の子である自分は、生まれながらにして貴族にかしずくようにできているのだ。

 身分とは、逆らえない血の中にある。断ち切ることなどできるのだろうか。

 こんな屑のような男にさえ、逆らえずにいるのに。


 レヴィシアたちが目指す未来は、それを取り払ったものだという。

 王様も貴族もいない、そんな国が存在できるのだろうか。


 わからない。

 けれど、もし、それが可能なのだとしたら、そこに自分は何を望むだろうか。


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