〈27〉しっかりして
エディアは翌朝、昨晩の出来事を報告するため、ザルツのもとへ向かっていた。
彼がいる部屋は、サマルと使っていたため、今は一人だ。ドアをノックすると、くぐもった返事が返った。
顔を合わせるのは何日振りだろうか。一瞬、胸がざわりと薄暗い予感を告げた。
かぶりを振ってそれを振り払い、エディアは扉を開いた。
すると、窓辺に椅子を置き、そこに座り込んでいる姿があった。その姿は、今までに見たどんな姿よりも陰鬱だった。ぐったりと、顔色も蒼白で、目の下に隈があった。眠れていないのだろうと、容易に想像できてしまう。
「ザルツさん……」
呼び声に対し、ザルツはほんの少し、顔をエディアに向けた。そして、本人は多分、いつも通りに振舞っているつもりなのだと思われる口調で言った。
「何かあったのか?」
「何かあったのはそちらの方です」
報告に来たことが、この時は頭から抜け落ち、どうしようもなく胸が痛くなった。こんな姿、見たくなかった。
ザルツは苦笑する。
「すまない。……情けないな」
エディアは思わず部屋の奥へ踏み込んだ。そして、正面からザルツを見据える。
「……私、あなたのことが好きだったんですよ」
一瞬、ザルツは驚いた風だったけれど、すぐにまた虚無的な目をした。それが答えだ。
それでいい。こちらも過去形だ。
「いいんです。あなたが誰に思いを寄せていたかなんて、すぐにわかりましたから」
笑った。惨めな人間になりたくなかったから、気持ちを伝え、笑うことを選んだ。
破れても、悲しくはない。二人の幸せくらい、願ってあげるから。
想いとの決別は、案外、楽なものだった。拍子抜けしてしまうほどだ。
何故だろう、と不思議に思うくらいに。
「俺は――」
そのつぶやきを遮る。
「あなたは、他の人では癒せません。知ってます。だから、彼女が帰って来たら、もう間違えてはいけませんよ」
「そう、だな……」
答えるけれど、本心では二人が戻ると信じ切れていないのだろう。喪うのだと、怯えている。
もどかしいけれど、これ以上してあげられることはないのだろうか。
せめて、サマルがいてくれたなら、とどこかで頼ってしまった。彼もまた、今頃は大変なはずだというのに。
エディアは、こんな状態のザルツにも、アランの件を一応耳に入れた。ザルツは気を引き締めたようだが、正直に言って、自分のことで精一杯の彼には、どうすることもできないのかも知れない。
念のため、エディアはユイと、それから同室のシーゼにも同じ内容のことを話しておいた。
レヴィシアの不安にアランが付け込んでいるのだとしたら、みんなで協力してレヴィシアを守らなければならない。
※※※ ※※※ ※※※
アランが思惑通りにことが運ばず、苛々と物に八つ当たりしている姿を目にしたレーデは、一人嘆息していた。
彼は、自分が中心の世界に住んでいる人だ。
顔立ちが整い、家柄もよいアランは、女性が自分になびいて当たり前だと思っている節がある。多くは勘違いもあるのだが、レーデはそれを指摘する立場にはない。
多分、レーデのことも、自分に惚れていると思っている。だから、自分に従うのだと。
そんなアランだから、自分を突っぱねたレヴィシアを、きっと憎らしく思っているだろう。
仲間たちを使い、レヴィシアに嫌がらせめいたことを言わせて、それを慰めるなんて、やり口が汚い。
何度か、レヴィシアに近付こうとした仲間たちが、ユイやシーゼといったメンバーににらまれて引き下がるという場面も見た。そうして、現状が動かないからこそ、アランは荒れているのだ。
レヴィシアは、やはり不安そうにしている部分はある。けれど、どこかに芯を残している。
あの、好きな人の話を振った時に見た、照れたような仕草――。
彼女にはきっと、アランを突っぱねられるだけの確かなものがあるのだろう。
レヴィシアは、笑っていた方がいい。
だから、皆が彼女を守ってくれることを、レーデは祈った。




