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Full of the moon  作者: 五十鈴 りく
Chapter Ⅴ

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〈26〉心の隙間

 プレナとサマルが出て行ってから、二週間が経っていた。ルテアに関しては、一ヶ月以上だ。

 けれど、未だに合流する気配もない。


「――なあ、レヴィシア?」


 最近よく、一人になりたいと思って屋敷の影にいると、元『ポルカ』のメンバーたちがやって来た。


「あ、こんにちは」


 正直に言うと、誰かと楽しく話すような気分ではない。ユイたちも心配してくれているものの、こちらから話しかけない限りはそっとしておいてくれた。その気配りが嬉しかった。

 彼らも、できることなら、別の機会にしてほしかった。けれど、こうして話しかけて来てくれるのなら、仲間である以上、無下にしてはいけない。

 だから、なんとかして笑った。


「うん、どうしたの?」


 服に付いた砂を払いながら立ち上がる。すると、四人いたうちの一人が言った。


「元気ないね」


 笑っているつもりだけれど、ごまかし切れていないようだ。


「ごめんね、心配かけてるね」


 そう謝ると、彼らは顔を見合わせてから言った。


「あのさ、君はリーダーなんだ。そんな風に目に見えて落ち込まれると、みんな不安になるよ」


 その言い分は当然だった。本当に、そうだ。


「ほんとだね。うん、あたし、もっとしっかりしなきゃ」


 まだ、笑顔を保っているつもりだった。けれど、彼らにはどう映ったのだろう。


「……本当に、君って普通の子だよね」

「え?」

「そんな泣きそうな顔して、強がってるのバレバレだよ。引っ張ってくれる仲間と一緒にいるってだけで、君自身が僕たちを引っ張ってくれるわけじゃない。君がレブレム=カーマインの娘じゃなかったら、僕たちは一緒に戦ったりしなかったかもね」


 思わず固まってしまった。

 ここで強く、彼らを説得できるだけのものを示せる自分ではないと認めてしまったかのように。


 彼らはあっさりとレヴィシアに背を向けた。レヴィシアは、その場にもう一度座り込む。

 力なく、崩れ落ちるように。


 ルテアがいなくて、プレナも、サマルもいない。

 ザルツも今、不安と戦っている。

 ユイに泣き付くのは簡単だから、したくなかった。

 体の中に渦巻く感情を、どこかに吐露してしまいたい。そうしないと、自分を支え切れなくなる。

 そうだとしても、今は泣ける場所が見付からなかった。


「……早く帰って来てよ」


 そう、つぶやく声は風に消えた。



        ※※※   ※※※   ※※※



 夜になると、更に不安になる。

 いつもなら、プレナが同じ部屋にいて、いろいろな話を聴いてくれた。それなのに、部屋はぽっかりと空いていた。二人部屋は、一人には無駄に広かった。誰かの部屋に入れてもらおうかと何度か思った。けれど、本当に大変なのは当事者のルテアやプレナ、サマルであり、自分ではない。

 不安だから、と、そんなのはただの甘えだ。信じていれば、不安なんてないはずだと、自分を何とかして奮い立たせる。

 そうしていると、ドアがノックされた。そこに立っていたのはレーデだった。


「レーデさん……」


 すると、彼女は表情を変えずに少しだけ首を傾けた。


「大丈夫?」


 その問いに、はい、と答える。


「活動がなかなか開始できなくてごめんなさい。もう少ししたら――」


 そう、こちらがどれだけ仲間が欠け、ぼろぼろの状態になったとしても、この国に猶予がないことに変わりはない。現実は、待ってくれない。

 動かなくては、と思う。

 それは、始めてしまった以上、すでに自分に課せられた役割なのだ。


 レーデはゆるくかぶりを振った。


「……アランが心配していたから」

「え?」

「『ポルカ』のメンバーたちが、少し騒いでいたみたいね。ごめんなさい……」


 アラン以上に、レーデが心配してくれている。そんな気がしたから、レヴィシアは微笑んだ。


「ううん、そんなことないよ。大丈夫」


 それで納得してくれたのかはわからない。レーデの瞳が、一瞬だけ悲しそうに揺れた。


「そう。それならいいのだけれど」

「ありがとう、レーデさん」


 そして、再び一人になった。

 そう思ったのも束の間で、すぐにまた扉が叩かれる。レーデが何かを言い忘れて戻って来たのだと思った。だから、確かめることもせずに扉を開く。


「レーデさん、どうかし――」


 けれど、そこに立っていたのはレーデではなく、アランだった。

 いつもの小綺麗な装いを乱し、息せき切って走って来た風だった。その勢いに、レヴィシアは少し驚いた。


「え、あの……」


 呼吸を整えると、アランは言った。


「いや、うちの連中が、君のことを色々言ってるって聞いて、それで――」

「それなら、全然大丈夫」


 レヴィシアが苦笑すると、アランはじっと射るような眼差しを向けて来た。レヴィシアの方が思わずたじろいでしまう。


「悪かったよ、注意しておいたから」

「気にしてもらってありがとう。でも、あたしは――」

「そんな顔をして、大丈夫なんて言わなくていい。痛々しいよ」


 アランは一歩、部屋へ踏み入る。レヴィシアは、それに合わせるようにして一歩中へ逃れた。

 けれど、アランはそんなレヴィシアの腕を取り、一気に引き寄せる。すっぽりと体を包み込むようにして抱きすくめられた。呆然とする頭と、体温の伝わる体。

 レヴィシアは、体を捩った。


「は、放して」

「泣きたい時は泣いていいよ。僕がレヴィシアの泣き場所になるから。君が大切だから、僕には甘えてほしいんだ」


 ぬくもりと優しい言葉。

 たくさんの不安を抱えて、吐き出せる場所を求めている。

 この腕を振り払わず、このまま泣き叫んですがっていられたら、楽になれるかも知れない。


 けれど、目先の逃げ場所に駆け込む、そんな自分は嫌いだと思った。

 レヴィシアは、精一杯の力を込め、アランと自分との間に隙間を空ける。その抵抗に、アランがかすかに表情を歪めた。


「レヴィシア――」


 そうして、レヴィシアは顔を上げる。


「ありがとう。でも、あたしの泣き場所は他にあるから」

「それは、ユイくん? それとも――」


 レヴィシアは答えずに笑った。そんな様子に、彼は再び腕に力を込める。その時のアランの表情は、先ほどまでと違っていた。怖いとすら思う。


「っ!」


 アランを振り払おうと、必死でもがいていると、小さな足音が響いて来た。その音で、アランはとっさに体を離す。


「レヴィシアさん?」


 ひょっこりと顔を出したのはエディアだった。レヴィシア一人の部屋に彼がいたことに、エディアはひどく驚いたようだった。レヴィシアの強張った顔を見て、エディアはまなじりをつり上げる。

 レヴィシアのそばに駆け寄ると、アランに強い口調で言った。


「女性の部屋に入り込むなんて、感心できませんね。早く、出て行って下さい」


 さすがに、アランも肩をすくめ、無言で去る。

 安堵から、レヴィシアはその場に崩れ落ちた。


「大丈夫ですか?」


 心配そうなエディアに、レヴィシアは力なく笑う。


「うん。でも、ありがと」


 エディアはそれ以上何も尋ねなかったけれど、表情は厳しかった。


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