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Full of the moon  作者: 五十鈴 りく
Chapter Ⅴ

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〈24〉昔日 前編

 最初の出会いは、八歳の頃だった。

 その頃の自分は、屋敷の中で、望めば望んだだけの書物を与えられ、ひたすらにそれを読むことが日常を意味した。

 そうしておけば、自分は手のかからない子供だった。わがままは言わなかった。

 ただ、毎日、生きるということが、案外つまらないことなのではないかと感じていた。


 そんなある日、窓辺の椅子に腰かけ、ただ本を読みふけっていた自分に注がれている視線に気付いた。その日は少し暑かったから、窓を開けていたのだ。

 その視線は低い位置からで、そちらに目を向けた瞬間、本気で唖然としてしまった。


 そこは当家の敷地で、この見覚えのない子供たちが何故そこにいるのかがわからなかったのだ。

 なのに、彼に悪びれた様子がなかった。ただ、隣の、長い髪をひとつの三つ編みにした女の子だけは戸惑っていたように思う。


「……誰だ?」


 思わず問うと、自分と同じ年頃だと思われる少年は、垂れた目を人懐っこく細めて笑った。


「俺? サマルだ。よろしく」


 と、素直に名乗る。

 けれど、そうじゃない。


「そうじゃなくて、どういう理由でこの敷地にいるのか、ちゃんと説明してくれないか? 使用人の子か、取引先の子か……」


 すると、サマルという少年は再び笑った。


「ブー。どれもハズレ。ただの通りすがりでした」


 通りすがるような場所ではない。つまり、好奇心旺盛な子供たちは、この屋敷の敷地に無断で入り、探検していたということだ。あまりの子供らしい理由に、少し嫌気が差した。

 ため息をつくと、舌っ足らずな声がきゃんきゃんと響く。


「見えない! 見えないよ!」


 下を見下ろすと、栗色のおかっぱ頭が見えた。サマルの妹だろうか。まだまだ小さい。

 すると、サマルはあはは、と笑った。


「ちびシアだからな」


 その途端、その栗色の髪の女の子はショックを受けたように仰け反った。


「レヴィシア、ちびじゃないもん!!」

「はいはい」

「もう四さいだもん!!」

「俺なんか八歳だ」


 女の子、レヴィシアはまたショックを受けたようだ。敗北感からか、うぇえ、と声を上げてもう一人の女の子に泣き付く。


「サマルきらい!!」


 女の子は、レヴィシアを優しく受け止め、よしよしと頭を撫でる。サマルはぺろりと舌を出した。


「お兄ちゃん、駄目でしょ」


 その声に、何故か心臓がドクリと鳴った。何故だかはわからない。


「あはは、かわいがってるつもりなんだけどな。なあ、プレナ、何がいけないんだろ?」


 もう一人の女の子は、プレナというらしい。その名を、何度も心で繰り返す。

 プレナは、レヴィシアを宥めながら、ふと上を見上げた。その途端、きれいな翡翠ジェイドのような瞳が微笑んだ。


「ごめんなさい、うるさくして。本、おもしろい?」


 おもしろくないわけではなかったけれど、どうしてだか、その本以上に、この三人のやり取りに惹かれていた。


「まあ、普通」


 嫌な返し方だと、大人だったら顔をしかめたかも知れない。けれど、彼らはそろってふぅん、と言った。サマルは首をかしげると、再び上を見上げる。


「ところで、お前の名前は?」

「ザルツ=フェンゼース……」


 名乗ると、彼はニッと笑った。


「わかった。じゃあ、ザルツ、明日はこっちに出て来いよ。一緒に遊ぼうな」

「は?」

「じゃあな」


 と、彼は大きく手を振った。プレナは申し訳なさそうに頭を下げ、レヴィシアはようやく泣きやんで、無垢な青い瞳を精一杯に上へ向け、それから無邪気に微笑んだ。


「ばいばい、おにいちゃん」

「え、あ、うん」


 馬鹿みたいなことをつぶやきながら、手を振って返した。

 ただ、この時は、まるで信じていなかった。彼らが本気で明日また来るなんて。



        ※※※   ※※※   ※※※



 その日はなんとなく、木陰で本を読むのもいいかと思った。部屋にこもっているよりも、風が気持ちいいだろう、と。

 だから、本を片手に木陰を探して庭をうろついていた時、腕を引っ張られたことにひどく驚いて悲鳴を上げそうになった。


「!!」

「おにいちゃん、見つけた!」


 それは、昨日出会ったレヴィシアという子供だった。子犬のような女の子は、ザルツの腕をぐいぐいと引っ張る。


「え、あの……」


 顔を上げると、サマルとプレナがいた。ただ、何故かサマルの顔には痣があった。けんかでもしたのかも知れない。そう思うと、少し怖い。簡単にけんかをするような、荒っぽい育ちなのだ。

 けれど、隣で笑っているプレナは、人形のように可憐に微笑んでいる。だから、その兄であるサマルのことをそれ以上悪く思わなかった。


「よし。じゃあ、今日は最初だからな。ザルツのしたい遊びでいいよ」


 目の周りを黒くしたサマルは、ニカ、と人懐っこく笑う。歯が一本なかった。


「遊び……」


 まったく何も思いつかなかった。子供と遊んだことなんて、一度もない。

 戸惑っていたザルツに、サマルは焦れたようだ。


「なんでもいいんだって。決められないなら、とにかく走ればいいや。向こうの木まで競争な」


 あまりの暴論に呆然としたのはザルツだけだった。レヴィシアは嬉々として手をあげた。


「はーい!」


 しかも、小さいくせにすばしっこい。プレナも慣れているのか、スカートを翻して走り出した。

 このままだと、ザルツがビリだった。さすがに、四歳児に負けたくない。

 そう思って、必死で駆け出していた。革表紙の本が邪魔だった。なんでこんなもの、持っているんだと、恨めしく思うほどに。

 木の陰でひざを付き、ぜえぜえと息をするザルツを、三人は上から覗き込んでいた。


「体力ないなぁ。家の中にばっかりいるからだろ」


 言い返せたものではなかった。顔を上げると、三人は親しみのこもった笑顔を向けていた。

 ザルツは思わず問う。


「どうして、僕に、構うんだ……」


 すると、サマルはゆっくりとうなずいた。


「こんなでっかい屋敷に住んでるのって、どんなやつかなって話になったんだ。そしたら、俺たちと同じ子供だろ? 子供だったら、一緒に遊べる。一緒に遊べるなら友達だ」


 当たり前のように言い切った。そんな理論、聞いたこともない。


 友達。


 具体的にはどういったものなのか、正直に言ってわからない。

 本で読んだけれど、それが具現したことはない。

 困惑していたザルツに、サマルはあっさりと言った。


「難しく考えるなよ。一緒にいて楽しかったら、それが友達だ」


 その子供理論に、その日、日が暮れるまで付き合った。本は、一(ページ)だって進まなかったけれど、何かを学んだ、そんな日だった。


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