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Full of the moon  作者: 五十鈴 りく
Chapter Ⅴ

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188/311

〈23〉それぞれに

 そうして、その翌朝、二人は旅立つ。

 伝染病のはびこる村は、南部であり、一番近いのは、以前立ち寄った監獄近くのギールの町だ。


 皆、二人の無事を祈りながら声をかける。最後まで泣いてプレナから離れなかったレヴィシアは、シーゼに優しく諭され、ようやく見送る決意をした。

 そんな中、エディアはサマルにぽつりと声をかける。その声は、彼女にしては、とてもためらいがちだった。


「あの、サマルさん」

「ん?」

「戻ってこられなかったら、私はあの場所に隠してあるものを引っ張り出します」

「あ……」

「それが嫌なら、どうか止めに戻って下さい」


 サマルは一度ほうけたように動きを止め、それからクスクスと笑った。


「了解」


 ようやく、エディアはほっとしたように笑い返す。



 ルテアが欠けたこの状態で、更にまた二人、大事な人たちが行ってしまう。

 戻って来てくれると信じたいけれど、信じ切れない部分が、レヴィシアの胸にくすぶっていた。

 それは、ザルツも同じだったのではないかと思う。

 光る眼鏡の奥で何を思っているのか、まるで窺い知ることはできなかったけれど。



 この状態で、次の作戦に移ることはできなかった。誰しも不安を隠せない。

 無理をして臨めば、きっと失敗して手痛い打撃を受けるだけのような気がした。



        ※※※   ※※※   ※※※



 そうして、時間ばかりが経過して行く。二人が去って五日が経った。

 空気は相変わらず重く、皆の肩にのしかかるようだ。

 ただ、アランやレーデ、元『ポルカ』のメンバーたちは、サマルやプレナとの関わりは薄い。ルテアに関しては会ったことすらない。比較的元気なのは、彼らだった。


 ユミラは、退屈な日常を何気ない会話で埋め、笑い合う彼らを遠目に眺めていた。

 普段は町の方にいる彼らだが、時折この敷地の方にやって来る。

 同じ組織の一員となったのだから、お互いの理解をもっと深めなければならないだろう。


 けれど、別件で気もそぞろな『フルムーン』のメンバーたちは、彼らと打ち解けて話をする気分ではなかったのかも知れない。だから、どうしても彼らはアランを初めとするメンバーで固まっていることが多かった。


 ユミラもここにいない三人と、彼らと親しいレヴィシアやザルツの心配はしていたけれど、そればかりではいけない。こんな時だからこそ、と自ら動く。

 屋敷を出て、整えられた芝生の上で談笑する彼らに歩み寄った。レーデの姿はなかったが、その中の一人がユミラに気付く。


 その途端、彼らの顔が強張った。笑い声が止み、彼らはゆっくりとユミラに顔を向ける。

 戸惑いと恐れと、壁。

 けれど、そんなもので怯んでいてはいけない。ユミラはそっと微笑んだ。


「楽しそうなお声がしたもので。よろしければ僕も入れて頂きたいのですが」


 友好的に、柔らかくかけた声は、虚しく消える。皆、顔を見合わせるだけでユミラに目を向けなかった。最近、あの組織の中にいると錯覚してしまうが、これは珍しい反応ではない。よくあることだった。

 ただ、違ったのは、クスクスと笑う声が上がったことだ。


「いえ、ユミラ様にはお耳汚しでしかありませんよ」


 そう、アランがはっきりとした口調で答えた。ユミラは、この時感じたものを顔に出さないように努る。

 そうして、アランは立ち上がり、皆、それに続いた。


「――じゃあ、そういうことで、頼むよ」

「ああ」


 そう言い合い、散り散りになる。

 その場に取り残されたユミラは、何か嫌な予感がして、無意識に自らの腕をさすった。



        ※※※   ※※※   ※※※



 レヴィシアは、屋敷の裏でぼうっと雲を眺めていた。

 何もする気が起きなかった。しなくてはいけないのに、貴重な時間を無駄にしている。

 けれど、頭が上手く働かなかった。目を閉じると、まぶたの裏に浮かぶ姿がある。

 泣きたくなるけれど、泣いても駆け付けてくれるわけではない。


 そんなことをただ考えていると、レヴィシアのそばに足音がいくつかあった。何気なくそちらを向くと、それは元『ポルカ』のメンバーたちだった。

 レヴィシアはとっさに愛想笑いを浮かべる。


「あ、こんにちは」


 すると、彼らは笑った。けれど、その笑顔は親しみから来るものではなかったように思う。


「ほんとだ」


 一人がそう言った。


「え?」

「ほんとに、全然似てない」


 それは、以前にもアランに言われた。そして、その後に続いた言葉は――。


「ねえ、ほんとはさ、レブレム=カーマインの娘として担ぎ出されただけなんじゃないの? 君、本物なのかな?」


 呆然としてしまう。頭の中で砂嵐のような音が響いた。


「あたしは……」

「駄目だよ、そんなこと面と向かって言っちゃ。自分で偽者だなんて言わないよ」

「それもそうか」


 あはは、と声が上がる。

 父と共に過ごした時間。あの優しさ。笑顔。

 全部覚えているけれど、それが証明にはならない。

 何を持って、嘘をついていないと言えばいいのか。

 言葉がまるで浮かんで来なかった。

 そうしていると、自分の名を呼ぶ声がした。


「レヴィシア!」


 ユイが、何か険しい顔をして駆け寄って来る。その眼光に、彼らはたじろぎ、まばらに散った。

 その後で、呆然としたままのレヴィシアを、ユイは心配そうに見つめた。


「何か言われたのか?」


 けれど、ユイには言えなかった。ただ、かぶりを振る。


「ううん、大したことは何も。……戻ろうか」

「……ああ」


 ユイはまだ納得し切れていないようだったけれど、とりあえずはレヴィシアに従って戻る。

 その間もずっと、レヴィシアは頭の中を目まぐるしく駆け抜けるたくさんのことに、心が悲鳴を上げそうだった。


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