〈23〉それぞれに
そうして、その翌朝、二人は旅立つ。
伝染病のはびこる村は、南部であり、一番近いのは、以前立ち寄った監獄近くのギールの町だ。
皆、二人の無事を祈りながら声をかける。最後まで泣いてプレナから離れなかったレヴィシアは、シーゼに優しく諭され、ようやく見送る決意をした。
そんな中、エディアはサマルにぽつりと声をかける。その声は、彼女にしては、とてもためらいがちだった。
「あの、サマルさん」
「ん?」
「戻ってこられなかったら、私はあの場所に隠してあるものを引っ張り出します」
「あ……」
「それが嫌なら、どうか止めに戻って下さい」
サマルは一度ほうけたように動きを止め、それからクスクスと笑った。
「了解」
ようやく、エディアはほっとしたように笑い返す。
ルテアが欠けたこの状態で、更にまた二人、大事な人たちが行ってしまう。
戻って来てくれると信じたいけれど、信じ切れない部分が、レヴィシアの胸にくすぶっていた。
それは、ザルツも同じだったのではないかと思う。
光る眼鏡の奥で何を思っているのか、まるで窺い知ることはできなかったけれど。
この状態で、次の作戦に移ることはできなかった。誰しも不安を隠せない。
無理をして臨めば、きっと失敗して手痛い打撃を受けるだけのような気がした。
※※※ ※※※ ※※※
そうして、時間ばかりが経過して行く。二人が去って五日が経った。
空気は相変わらず重く、皆の肩にのしかかるようだ。
ただ、アランやレーデ、元『ポルカ』のメンバーたちは、サマルやプレナとの関わりは薄い。ルテアに関しては会ったことすらない。比較的元気なのは、彼らだった。
ユミラは、退屈な日常を何気ない会話で埋め、笑い合う彼らを遠目に眺めていた。
普段は町の方にいる彼らだが、時折この敷地の方にやって来る。
同じ組織の一員となったのだから、お互いの理解をもっと深めなければならないだろう。
けれど、別件で気もそぞろな『フルムーン』のメンバーたちは、彼らと打ち解けて話をする気分ではなかったのかも知れない。だから、どうしても彼らはアランを初めとするメンバーで固まっていることが多かった。
ユミラもここにいない三人と、彼らと親しいレヴィシアやザルツの心配はしていたけれど、そればかりではいけない。こんな時だからこそ、と自ら動く。
屋敷を出て、整えられた芝生の上で談笑する彼らに歩み寄った。レーデの姿はなかったが、その中の一人がユミラに気付く。
その途端、彼らの顔が強張った。笑い声が止み、彼らはゆっくりとユミラに顔を向ける。
戸惑いと恐れと、壁。
けれど、そんなもので怯んでいてはいけない。ユミラはそっと微笑んだ。
「楽しそうなお声がしたもので。よろしければ僕も入れて頂きたいのですが」
友好的に、柔らかくかけた声は、虚しく消える。皆、顔を見合わせるだけでユミラに目を向けなかった。最近、あの組織の中にいると錯覚してしまうが、これは珍しい反応ではない。よくあることだった。
ただ、違ったのは、クスクスと笑う声が上がったことだ。
「いえ、ユミラ様にはお耳汚しでしかありませんよ」
そう、アランがはっきりとした口調で答えた。ユミラは、この時感じたものを顔に出さないように努る。
そうして、アランは立ち上がり、皆、それに続いた。
「――じゃあ、そういうことで、頼むよ」
「ああ」
そう言い合い、散り散りになる。
その場に取り残されたユミラは、何か嫌な予感がして、無意識に自らの腕をさすった。
※※※ ※※※ ※※※
レヴィシアは、屋敷の裏でぼうっと雲を眺めていた。
何もする気が起きなかった。しなくてはいけないのに、貴重な時間を無駄にしている。
けれど、頭が上手く働かなかった。目を閉じると、まぶたの裏に浮かぶ姿がある。
泣きたくなるけれど、泣いても駆け付けてくれるわけではない。
そんなことをただ考えていると、レヴィシアのそばに足音がいくつかあった。何気なくそちらを向くと、それは元『ポルカ』のメンバーたちだった。
レヴィシアはとっさに愛想笑いを浮かべる。
「あ、こんにちは」
すると、彼らは笑った。けれど、その笑顔は親しみから来るものではなかったように思う。
「ほんとだ」
一人がそう言った。
「え?」
「ほんとに、全然似てない」
それは、以前にもアランに言われた。そして、その後に続いた言葉は――。
「ねえ、ほんとはさ、レブレム=カーマインの娘として担ぎ出されただけなんじゃないの? 君、本物なのかな?」
呆然としてしまう。頭の中で砂嵐のような音が響いた。
「あたしは……」
「駄目だよ、そんなこと面と向かって言っちゃ。自分で偽者だなんて言わないよ」
「それもそうか」
あはは、と声が上がる。
父と共に過ごした時間。あの優しさ。笑顔。
全部覚えているけれど、それが証明にはならない。
何を持って、嘘をついていないと言えばいいのか。
言葉がまるで浮かんで来なかった。
そうしていると、自分の名を呼ぶ声がした。
「レヴィシア!」
ユイが、何か険しい顔をして駆け寄って来る。その眼光に、彼らはたじろぎ、まばらに散った。
その後で、呆然としたままのレヴィシアを、ユイは心配そうに見つめた。
「何か言われたのか?」
けれど、ユイには言えなかった。ただ、かぶりを振る。
「ううん、大したことは何も。……戻ろうか」
「……ああ」
ユイはまだ納得し切れていないようだったけれど、とりあえずはレヴィシアに従って戻る。
その間もずっと、レヴィシアは頭の中を目まぐるしく駆け抜けるたくさんのことに、心が悲鳴を上げそうだった。




