〈21〉ある日、突然に
その報せがリレスティの町に届いたのは、レヴィシアたちが束の間の休息を楽しんでいた時期だった。クランクバルド邸を訪れた使者は、当主とユミラと別室にて話し込んでいた。
屋敷にいた誰もが、そわそわとその会見を終えるのを待った。使者の様子から、吉報でないことだけは窺い知ることができたのだ。
そうして、使者が帰って行く馬車をレヴィシアが広間の窓から見送っていると、ようやくユミラが戻って来た。その表情は、やはり曇っている。
「ユミラ様、何があったの?」
「うん……」
ユミラは小さくうなずくと、広間の椅子のひとつに優雅な所作で腰かけた。そうして、手を組むと、口を開く。それを、皆は静かに見守った。
「どうやら、伝染病が、ある村で確認されたらしいんだ」
「え……」
「だから、その付近へは立ち寄らないように、と」
広間がざわめく。その中で、アーリヒは少し強張った声でユミラに問う。
「伝染病って、正式名称はなんだい?」
医師である彼女にとって、病は見過ごすことのできないものだったのだろう。ユミラはうなずく。
「アルフィート伝染性感染症、だそうです」
その名を聞いた瞬間、何人ものメンバーたちが顔を苦渋に歪めた。
「……下手すると、村ひとつなくなるかも知れないね」
アーリヒは苦しそうにそうつぶやいた。それほどの病なのだろう。
ただ、レヴィシアはその名をどこかで聞いたことがあるというのに、すぐに思い出せない。そのことが引っかかって、会話に集中できなかった。
そんな中、アーリヒはぼそりと言う。
「仕方ないね。アタシが行くよ」
隣にいたクオルが、びくりと体を震わせる。いつもは元気な彼が、泣き出しそうに見えた。
けれど、次の瞬間には、シェインが驚くほど大きな声で怒鳴った。
「医者だからって、免疫も何もないお前が行って、ただで済むわけないだろ!! 死ぬってわかってて、行かせるか!! 村ひとつ潰れたって、オレはそんなの許さない!!」
彼のそんな声を聞いたのは初めてのことだった。
「たくさんの人が死ぬよ。アタシが行けば、少しは助けられる」
アーリヒは悲しげに、静かに言った。
「それでも!!」
悲痛な声だった。どれだけシェインがアーリヒを大事に思っているのかを、誰もが感じ取れる。何人の人を見殺しにしようと、この場の誰もが、彼を責めることはできない。
そんな時、ほとんどつぶやくような、自覚もない声がもれた。
「致死率、七割――飛沫感染や接触感染により感染し、四日から七日の潜伏期間を経て発症する。 高熱、頭痛などの初期症状の後、体に現れる発疹が、呼吸器、消化器などの内臓にも同じく現れるため、肺の損傷に伴って呼吸困難等を併発、重篤な呼吸不全によって、死に至る――」
その声の主は、自分の言葉に驚いたかのように我に返った。眼鏡を押し上げるザルツに、アーリヒは悲しげに目を向けた。
「詳しいね。そう……でも、早期治療で助かる確率は上がる。伝染性感染症は、それ以上広めないように食い止めないと、大変なことになるんだよ」
そんなアーリヒの声に、ザルツの指先が震えていた。そのわけが、レヴィシアにはわからなかった。
むしろ、自分の身も省みずに向かってしまいそうなアーリヒを心配する、シェインとクオルの方が、見ていて痛ましかった。
ただ、そんな時、部屋の片隅で、ぼそぼそと会話をする二人の姿に、レヴィシアはようやくその病名がなんであったのかを思い出した。けれど、その時はすでに、二人の決意は固まっていた。
「アーリヒさん、私たちがそこへ向かいます」
そう、はっきりと言い放ったのは、プレナだった。
「え……」
レヴィシアは思わず声をもらした。体が急速に冷えて行くのを感じ、思わず腕を体に回す。
「俺たちの両親は、それで死んだんだ。俺たち、小さい時に軽くだけど罹患してるから、免疫があるよ」
サマルの声も穏やかだった。自分の役割を見付けたからだろうか。
けれど、アーリヒは眉を顰めた。
「罹患したのはいつだい?」
「俺が七歳、プレナが六歳の時だ」
すると、アーリヒは額に手を添え、深く長いため息をついた。
「十年以上も前だね。それじゃあ、絶対に罹らないとは言えないよ」
その言葉に、レヴィシアは自分の歯の鳴る音を聞いた。
プレナとサマルがいなくなる。帰って来れないかも知れないとわかっていて、送り出せない。また一人、二人と仲間が欠けて行く。こんなにも恐ろしいことはない。
けれど、プレナは落ち着いていた。
「でも、他の方たちよりは罹りにくいのは事実です。ですから、行きます。あの病で親を亡くした私たちだからこそ、やっぱり放ってはおけませんから」
二人を止めることは、病に苦しむ人々を見殺しにすることを意味する。けれど、レヴィシアはとっさにプレナに駆け寄って、彼女を抱き締めて泣いていた。
何を言っても間違った言葉になる。だから、口は開けなかった。
ただ、わんわんと泣くことしかできなかった。自分は、いつもそうだ。
けれど、泣けるだけいい。泣くこともできない人間だっている。
「……ほんとに、いいのかい? 後悔しないね?」
念を押すように、アーリヒは二人に問う。
「はい」
と、二人は力強くうなずいた。
「わかった。じゃあ、付け焼刃かも知れないけど、治療法を伝えるよ。二人とも、こっちに――」
アーリヒは、二人を別室へ促す。プレナはレヴィシアに微笑んで、そっと彼女を離した。泣きじゃくるレヴィシアを、背後にいたシーゼに託すようにしてその場を去った。
誰も、口を開く者はいなかった。




