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Full of the moon  作者: 五十鈴 りく
Chapter Ⅴ

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〈20〉束の間の休息

 プレナは、レヴィシアとユイと一緒に、屋敷から町に下りていた。今くらいは休息も必要だ。

 ルテアが未だ戻らないことで、レヴィシアが思い詰めないように、ザルツはプレナに気晴らしを頼んだのだった。


 そして、心配事はもうひとつ。

 アランが、やたらとレヴィシアに構うのだ。レジスタンスの仲間として、節度を弁えて接してくれるのなら、なんの文句もない。ただ、少々行きすぎた言動に思える時がある。

 レヴィシアに気を持たせ、彼女がアランになびけば、組織を好きなように掌握できる。そんな考えを持っている気がすると思うのは、疑いすぎだろうか。


 組織にとっても彼がレヴィシアを籠絡するのは好ましくない。ただ、それ以上に、皆、彼女自身を案じている。

 せめて、ルテアがそばにいれば心配なかった。けれど、今のレヴィシアは少し不安定だ。弱った心に付け入られたら、絶対に跳ねつけられるとは言い切れないのかも知れない。


「お、レヴィシアちゃんだ。がんばれよ!」


 リレスティの町では、大立ち回りを演じてから、レヴィシアにそうした声がかかる。レヴィシアは明るい笑顔を振り撒き、手を振った。


「ありがと! おじさんも、お仕事がんばってね!」


 すっかり、町の中では人気者である。

 そんな光景を、プレナは微笑み、眺めながら歩いた。

 そうして、レヴィシアは香ばしく甘い匂いに釣られ、通りの先を指さした。


「あ! ねえ、あれ食べたいな」


 それは、手の平サイズのワッフルだった。女の子が好きそうな、カラフルでかわいらしいテントが軒にある。ケースの中には、色とりどりのクリームとフルーツのサンドされたワッフルが並んでいた。

 その微笑ましさに、プレナは笑ってうなずく。


 レヴィシアは木苺、プレナはブルーベリー、ユイは、一番甘くないのはどれかと尋ね、オレンジの皮の苦味がアクセントのチーズクリームにしていた。本当は要らないのに、明らかに無理をしている。

 ユイは立ったままで、女性二人は店先のベンチに座ってワッフルにかぶり付く。レヴィシアには至福の時だった。


「美味しい! 生地ふわふわ」

「うん。甘さも丁度いいね」


 レヴィシアとプレナは微笑み合う。ユイは無言だった。多分、あまり好きな味ではなかったのだろう。


「クオルとリュリュちゃんにも食べさせてあげたいなぁ」


 はむはむ、とワッフルを頬張り、幸せそうなレヴィシアを見ているだけで、ユイは安心しただろう。例え、嫌いなものを食べなければならないとしても。プレナにはそんなユイの姿も微笑ましかった。


「うん、でも、リュリュちゃんは忙しそうよね。ユミラ様に会えて嬉しそうだったけど、あんまり一緒にいられないみたいだし」

「ね。あんなにちっちゃいのに、英才教育だもん。かわいそうだよ」


 はあ、とレヴィシアはため息をつく。


「でも、すごくがんばってたわ。私たちが口を挟む問題じゃないし、陰ながら応援してあげなきゃね」


 食べ終えたが、何かユイが気の毒になり、プレナは思わず水を買って手渡した。


「お土産、買って帰りたいけど、みんないないかも知れないし、また今度来ようね」


 基本的に食の細いザルツは多分、要らないと言う。ユミラに間食させて、彼が屋敷の料理人のディナーを残したら申し訳がない。

 サマル、エディア、シーゼ、マクローバ一家は、出かける時にはいなかった。多分、買って帰ったところで無駄になる。


「うん、そうね」


 そんな、和やかな時間が三人には流れていた。

 けれど、その一方では――。



         ※※※   ※※※   ※※※



 エディアは、布で包んだ弓を持って、屋敷の外へ出た。そうして、町人に武器屋の場所を尋ね、征矢そやをひと束購入する。エディアのような娘がそれを買い求めることに、店員は少し訝しげだったが、売ってくれないことはなかった。

 ただ、エディアの方がほんの少し、やましい気持ちになる。


 スレディは、まだ矢を番えるのは早いと言った。けれど、毎日弓を引き絞るだけでは、上達している気になれなかった。実際に、矢を放ってみないと、まるでわからない。

 危ないかも知れない。だから、人に当てたりしないよう、近くの森に向かう。

 遅くまでかかると皆に不審がられる。だから、すぐ戻れるよう、森の深くまで潜るつもりはない。手ごろな木のある場所だったら、それでいい。


 ガサガサと草を踏み締め、森に踏み入る。

 エディアはこれと決めた木を探すと、草の上に腰を据えた。布を外し、弓を取り出す。そうして、震える手で矢を一本抜き取り、見よう見まねで番えてみた。


 木の中心に焦点を合わせ、キリキリと音を立てながら弓弦を引き絞る。両腕が、以前よりは少し震えなくなった。誰もいないここなら、外しても害はない。気持ちを落ち着け、試しに一度射ってみればいい。


 エディアは緊張を保っていた右手の指先から力を抜き、白羽の矢羽を放つ。征矢はヒュウッと空気を裂く音を立て、エディアのもとを飛び去った。その音が、エディアの耳の奥にこだまする。

 そして、その矢は大きく外れ、茂みのどこかに潜り、ドッと地面に突き刺さるような音を残した。


 その途端、エディアは強張った手から弓を取り落としてうずくまっていた。急に吐き気が込み上げて来る。

 口もとを押さえ、戻してしまいそうになるのを必死でこらえると、変にむせて涙があふれた。ゲホゲホ、とむせながら、エディアは脳裏に蘇った光景に戸惑う。冷水を浴びせられたかのように、体の震えが止まらなくなった。


 あの日、無数に降り注いだ矢の雨。空気を切る音。突き刺さる振動。絶命した人々。

 人殺しとなじったあの行為を、今、自分は覚えようとしている。

 自分の放った矢が、誰かの命を奪う。

 あの時のような、傍観者ではない。殺戮を、自らの手で行うつもりで弓を引いた。

 あの惨状の中、弓引く彼らは、こんな思いをしながらあの場にいたのだ。


 否定は簡単。本当に、そうだ。ただの傍観者であった自分は、心を痛めているつもりでも、所詮は人事だった。

 汚れる覚悟が足りない。守りたいという意志が弱い。

 こんな自分では駄目だ。


 エディアはぼろぼろと涙をこぼしながら、もう一度弓に手を伸ばした。

 その途端、その弓を強引に奪い取る腕があった。エディアは驚いて、涙を拭くことも忘れて上を見上げた。


「あ……」

「何してる?」


 呆れたような声だった。サマルは、手にした弓の弦を指先で撫でて、それから軽く爪弾く。


「……サマルさんはどうしてここに?」


 通りかかる人などいない場所だ。偶然ではない。

 エディアは涙を拭いて立ち上がった。


「うん、エディアの様子がおかしかったから、つけて来た」


 一瞬、何も言葉を返せなかった。そんな彼女に、サマルはため息をつく。


「そしたら、何してるんだか。こんな似合わないことしないでいいよ」


 ひどく簡単に言う。この覚悟もつらさも知らない彼に、似合わないことと一蹴されたことが、エディアは悔しかった。気付けば、サマルをにらみ付けていた。


「似合わなくても、私だって戦う決意をしたんです!」


 けれど、サマルはそんな視線を受け流すように、少し悲しく笑った。そして、エディアの横にあった矢を一本拾うと、それを番え、木に向かって放った。また、ヒュウ、とエディアの体を震わせる音がする。その矢は、木の根元に突き刺さった。

 すると、サマルはエディアを振り返る。


「もっと上を狙ったんだけどな、難しい」


 戸惑うエディアに、サマルは言った。


「俺だって、戦う力はほしいよ。ユイたちみたいに、守りたい人を守れる力がほしい。……でも、それは俺の願望であって、現実はそう簡単じゃない」

「え?」

「エディアは誰を守りたいの? ロイズさん? ザルツ? レヴィシア? 誰が、エディアが泣きながら人を殺して喜ぶ?」


 これ以上、泣いたら負けだ。何故かそう思ってしまった。

 けれど、サマルははっきりと言う。いつかの仕返しだろうか。


「だから、いい加減にしろよ。もっと、違う方法でがんばれ」


 腹が立つので、背を向けた。その隙に、サマルは茂みの中へ弓矢を隠すように沈めた。ガサガサ、と音がして、サマルは立ち上がる。


「じゃあ、これはここに、勘違いと一緒に置いて行こう」


 あはは、と軽く笑う。エディアは思わず振り返った。


「勘違いってなんですか! 私は――」

「ほら、帰ろう。遅いとみんなが心配するから」


 今、ここで押し問答していても、解決はできない。けれど、大事な人たちが喜ばないという、その言葉だけは事実だったのかも知れない。それだけは、素直に認めた。


「わかりました。じゃあ、このことは内緒にしていて下さい」

「了解」


 気付けば、お互いに弱みを握り合う、おかしな関係だった。


 前半に比べて後半がやたらと重たい内容に……。

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