〈18〉無事でいて
レヴィシアとユイは二人だけと身軽なため、早々にアスフォテの町を離れることができた。ザルツには、振り返らずにリレスティを目指すように言われている。『ポルカ』のメンバーのこともあり、後が気になるものの、そこは仲間たちを信じるしかなかった。
リレスティまでの道中、レヴィシアは馬上で遠くに見える無骨な山を眺めていた。
ルテアは無事だろうか、と。
『クラウズ』と衝突せずに話せただろうか。
それ以前に、あのけがで山を登るなんて、そもそも無茶だ。
道中で倒れたりしていないだろうか。
考え出すときりがなく、心臓がひやりと冷たく感じる。
そんなレヴィシアの心情を読み取ったかのように、ユイは背を向けたままでつぶやいた。
「そのうちに帰って来る。アスフォテの騒動が収まっていると知ったら、リレスティに来るだろう」
「そう、だね」
すぐにまた会える。
大丈夫。何もない。
心配していたことが馬鹿らしくなるくらい、平然として戻って来てくれる。
今はそれを何よりも願っていた。
※※※ ※※※ ※※※
リレスティに到着すると、二人はクランクバルド邸に向かった。門番に向かってユミラの名を出すと、その門番はあっさりと中に入れてくれた。よく見ると、以前からいた初老の門番だった。
「ユミラ様は、西の広間に来るようにって言ってたよ」
「ありがとう」
レヴィシアは門番に礼を言うと、敷地の中へ入った。以前は一人でびくびくしながら歩いていた場所だが、今となってはそれも懐かしい。
使用人たちは、この公爵家当主にレジスタンスとの共生を伝えられたのだろう。レヴィシアたちを呼び止めるものはいなかった。どんなことであろうと、当主に逆らう者など、使用人たちの中にはいないようだ。
西の広間の前には、クオルとゼゼフがいた。何故、部屋の外にいるのかは知らないが、クオルはレヴィシアの姿を認めると、いつものように顔を輝かせた。
「レヴィシアちゃん!」
ひしっと抱き付いて来るのも、いつも通りだ。
「うん、心配かけてごめんね」
と、レヴィシアもクオルを抱き締める。そんな光景を、ユイとゼゼフはぼんやりと眺めていた。
そんな時、その声が聞こえたのだろう。広間の扉が開いた。
「よかった、成功したんだね」
ユミラがほっと息をつきながら言う。
「あたしたちは打ち合わせ通りに動いただけだから。でも、『ポルカ』のメンバーを救出に向かった方は、やっぱり大人数だし、到着も遅いよね……」
「うん。でも、アスフォテから抜け出せたら、後は上手く紛れて逃げられるから、大丈夫だとは思うけれど」
「そうだね」
レヴィシアがうなずくと、ユミラは気遣うようにそっと言った。
「あの、ザルツさんは少し寄り道をしてから来ると言われて、今はここにいないんだ」
「そうなの? 寄り道って、どこ?」
「トイナックだよ。――クラウズが町まで下りて来ていないか、動きを確かめて来るって」
それは、ルテアが失敗した可能性もあると心配してのことだ。レヴィシアは一瞬、ぎくりと顔を強張らせてしまう。
すると、ユミラの後ろで誰かが動いた。ユミラを押しのけるようにして、扉を更に開く腕がある。
その途端、クオルはレヴィシアに抱き付いたまま、ひどく嫌そうに顔をしかめた。
その腕の主――アランは、レヴィシアを見付けると、大きく目を見開き、それから微笑んだ。
「レヴィシア!」
「は、はい?」
その勢いに、レヴィシアは返答に困った。ただ、アランはレヴィシアの腰にしがみ付くクオルを一瞥すると、眉根を寄せ、けれどそれから気を取り直してレヴィシアの瞳をまっすぐに見つめた。
「けがはないか?」
「ないよ」
そううなずいたレヴィシアの顔を、アランはほっそりとした指で包み、自分の方に向けさせた。
「あ、あの!」
レヴィシアも驚いたが、周囲の彼らも唖然としている。アランはそれでもお構いなしだった。
「もっとよく顔を見せておくれ。君に何かあったら、僕は――」
切ない表情が迫る。レヴィシアは慣れない状況にパニックを起こしかけていた。
「ちょ、ちょっと――」
誰よりも先に、この状況からレヴィシアを救ってくれたのは、アランとレヴィシアの間に挟まれたクオルだった。
「あ――!! 潰すなよ!! 痛いし!!」
ぎゃんぎゃんとわめくクオルに、アランは小さく舌打ちした。ほぼ無意識で出たような印象だった。
その隙に、レヴィシアはアランの腕からすり抜ける。自分でも、顔が赤い自覚があった。
「えっと、プレナは?」
適当な理由を付け、レヴィシアは広間に飛び込んだ。アランから離れたかっただけなのだが。
男性陣だけが取り残され、部屋の中からレヴィシアの声がする。
「プレナ!」
「あ、レヴィシア――って、どうしたの?」
「ううん、なんでもないけど、プレナに早く会いたくて」
「そう。がんばったね」
そんな、のどかなやり取りが聞こえる中、扉の前の男性たちは、アランを冷ややかな目線で見遣っていた。アランは髪をかき上げてその視線を振り払うが、クオルは今にも噛み付きそうだった。ゼゼフはただ、その険悪な空気におろおろするばかりである。




