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Full of the moon  作者: 五十鈴 りく
Chapter Ⅴ

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〈17〉お断り

 サマルは急いで収納庫に戻った。見張りのつもりか、外にはフィベルがぼうっと立っている。フィベルをすり抜け、サマルはティーベットと『ポルカ』のメンバーを急かす。


「急げ!」


 一同は、狭くしか開かれない入り口で、混雑しないよう意識してそこをすり抜けて行く。サマルは逸る気持ちでそれを見守っていたが、突然その背に声がかかった。


「へぇ。こんなところにいたんだ?」


 びくりと体を強張らせ、とっさに振り返ったサマルは、腕を組んでこちらを眺める男と目が合ってしまった。飄々としたその表情は、こんな時に見るとぞっとする。


「あ、あんた……」


 思わず声がかれた。けれど、フィベルは空気を読まず、普通に言った。


「誰?」


 指までさしている。そんなフィベルに、彼は笑った。


「もうちょっと動じろよ。お前ら、レジスタンスだろ?」


 その一言で、サマルはようやく自分の浅はかさを知った。この男は、最初から騙されてなんてくれなかった。こちらが泳がされただけなのだ。

 青ざめたサマルの隣で、フィベルは平然と言い放つ。


「違うし」


 こんな状況なのに、面の皮が厚い。頼もしいのか、よくわからないが。

 向こうは呆れたようだった。


「違うって、あのなぁ……」


 そこで彼は、ふとフィベルに目を留める。


「その糸目……もしかして、リンの言ってた……」

「リン?」


 フィベルは首をかしげた。


「そう。お前、ちょっと前に、ハルト様と身の軽い女と戦っただろ?」

「覚えてない」


 まるで読めないフィベルの顔付きに、彼は困ったように笑った。


「まあいい。俺はヤンフェン=ヤール。お前は?」

「教えない」

「うわぁ」


 淡々とかわすフィベルに、ヤールの方が振り回されていた。なんなんだ、この状況、とサマルは呆然としてしまったが、背後の『ポルカ』のメンバーたちは不安げな表情を見せていた。

 サマルはこそっとフィベルにささやく。


「足止め、できるか?」

「さあ?」

「さあって……少しでいいから」

「わかった」


 渋々返事をする。

 サマルはほっとして振り返ると、背後のティーベットに顎で合図した。ティーベットもうなずき、『ポルカ』のメンバーを誘導して駆け出す。


 ヤールが踏み出すと、フィベルはその正面に向かって、鞘ごと剣を突き付けた。サマルは残ってその光景を見守ろうとしたが、フィベルに突き飛ばされる。


「邪魔」

「邪魔って……」


 さすがに分が悪いかと思って心配しているというのに、ひどい。

 ただ、フィベルにしてみたら、足手まといなのかも知れない。そう気付き、サマルは言った。


「無理するなよ。すぐ追いかけて来いよ」

「うん」


 そうして、サマルもティーベットたちの後を追った。

 気にならないわけではないが、ここは任せるしかないのだろう。



 ヤールのまとう空気が、ふと変わった。それを、フィベルは肌で感じる。


「俺に剣を向けるなら、覚悟するんだな。俺は、武器を向けて来る人間は、必ず殺す。俺かお前、どちらかが死ぬまで戦い続けるんだ」


 赤と紫の房の付いた二本の剣。その柄に、ヤールの手が伸びる。

 獰猛な獣のような眼と声に、フィベルはそこに嘘がないことを悟った。だからこそ――。


「じゃあ、止めた」


 フィベルはあっさりと剣を下ろす。


「コラ! この状況で、抜かずに済むと思うか?」

「うん」

「うん、じゃねぇって。構えろ」


 苛立ち始めたヤールに、フィベルははっきりと言った。


「お断り」

 と。


 そうして、フィベルも一目散に逃げるのだった。



        ※※※   ※※※   ※※※



 そんなやり取りが西側で行われていた少し前、東側ではフーディーが走り去るレヴィシアとユイを眺めながら佇んでいた。

 そんな彼のもとに、ようやくニカルドが追い付いて来る。


「後生ですから、戻りましょう」

「んー、まあいいがのぅ」


 この人を食ったような態度に、ニカルドはどっと疲れた。

 フーディーを促すと、騒ぎが続いている往来を、兵士が駆け抜けて行く。騒ぎのもとを追いかけているのだろう。その兵士たちは、見知った顔ばかりだった。ほんの少し前までは部下だったのだ。それも当たり前だった。


 気付かず、通り抜けてほしいと思ってしまった。けれど、人一倍図体のでかいニカルドは、すぐに彼らに発見されてしまう。騒ぎのもとを追いかけなければならないので、戸惑いはしたものの、その中の一人だけが足を止めた。

 それは、ジャックという部下の一人だった。まだ二十代で、血気盛んだが、正義感が強く、ニカルドも期待していた青年だ。


「隊長!」


 まだ、そう呼ぶ。

 ニカルドはかぶりを振った。


「違う。もう、隊長じゃない。隊長は他にいるはずだ」


 それを言った時、何か胸の奥がズキリとした。ジャックの表情が歪んだせいかも知れない。


「そうですね。じゃあ、早く戻って下さい。もう一度、隊長と僕たちに呼ばせて下さい」


 そんな風に慕ってくれるのはありがたかった。けれど、もう以前のように迷いのない自分ではない。彼らが望む、導き手にはなれない。


「私はもう、軍人には戻らないつもりだ」

「っ……」


 なじられるのも仕方がないと思った。けれど、ジャックの二の句は、フーディーのしわがれた声と微笑みに遮られた。


「青年、歳はいくつだ?」


 唐突な問いに、ジャックは戸惑ったものの、相手が老人であったため、うるさいと突っぱねることもできなかった。声を落ち着け、答える。


「二十八です」


 すると、フーディーは更ににこにこと笑った。


「そうかそうか」


 そして、ニカルドが聞いたこともないような、優しい声音で言った。


「命を大切にな」

「は、はぁ……」


 ジャックは困惑しながらうなずいた。そして、フーディーはニカルドを見上げた。後でまた、首が痛くなったと言われそうだが。


「さて、行くかの」

「はい……」


 年齢よりはしっかりした足取りで歩くフーディーに従うように、ニカルドはジャックに背を向ける。その背に視線が突き刺さっているが、振り返れなかった。

 フーディーは、ぽつりとこぼす。


「若いもんが、あたら命を散らすことのない世の中に、早くなるといいのぅ」

「そう、ですね……」


 つぶやき返す。


「だったら、早くしてみせろ。待っとるだけでは、なんにも変わらん」


 ぐ、とニカルドは言葉に詰まる。


「のぅ、お前さんは元軍人で、体格にも恵まれておる。あの幼い娘たちが命がけで戦っておるのだから、お前さんが迷うておると言ってできることをせぬのは、ただの怠慢だ。しっかりせい」


 そう、この老人でさえ、戦い続けている。

 怠慢、そう言われてしまえば反論などできない。

 迷いの答えを、この老人の中に見た気がした。

 

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