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Full of the moon  作者: 五十鈴 りく
Chapter Ⅴ

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〈16〉求める力

 ユイは時折、自分たちを追って来る兵士に、あらかじめ集めておいたつぶてを投げ付けた。額に命中した痛みに、兵士たちは速度を落とす。

 そうして、東口を目指して二人は駆ける。幸い、兵士たちの足は、二人よりもずっと遅かった。


「みんな、これで上手く逃げられたかな?」


 息を弾ませながら、レヴィシアは隣を併走するユイに声をかける。


「そうだといいが……」


 ただ、通りの一角で、必死で駆け抜ける二人をのん気に眺めるフーディーの姿があった。レヴィシアは思わずそちらに反応してしまったが、声をかけるわけにもいかなかった。


「……レヴィシア、急ぐんだ」


 速度が少し落ちた。レヴィシアは仕方なく、その場を駆け去る。

 さすがに、ただぼんやりと騒動を眺めている老人に危険はないだろうが――。


 そうして、東口は、最初に番兵をのして入ったため、まだ番兵は倒れたままだった。

 あらかじめ、西口の方には馬車を、東口には馬を一頭繋いであった。ユイはその木々の間に隠すように繋いである馬の拘束を解くと、あぶみに足をかけ、軽やかに飛び乗った。そして、レヴィシアに手を差し出し馬上へ引っ張り上げる。


「しっかりと、つかまって」

「うん」


 レヴィシアの腕が胴に回ると、ユイは馬の腹を蹴った。馬は一度いななき、地面を蹴って走り出す。

 ただ、この馬だけでリレスティまで飛ばすのは無理だ。途中、馬を換えてから向かうことになるだろう。



 レヴィシアは、不安定な馬の背で、しっかりとユイにしがみ付いていた。

 こうしていると、少し複雑な心境ではあるけれど、以前のような、胸が締め付けられる痛みは和らいでいた。憎しみから親しみが湧いたように、恋心もまた、変化して別のものに変わって行くのだろうか。


 だとするなら、ルテアがあんなにもまっすぐに想ってくれた気持ちは、もしかするとすごいことなのかも知れない。

 今はそんな風に思った。



        ※※※   ※※※   ※※※



 外が騒がしい。

 エディアは気が気ではなかった。

 けれど、スレディは落ち着き払い、鼻歌交じりにヤスリをかけていた。そうして、道具箱をガサガサと乱暴にまさぐる。けれど、目当てのものがその中に入っていなかったようだ。立ち上がると、別室へと行ってしまった。


 ぽつり、とエディアは室内に取り残される。

 外の様子は変わらない。レヴィシアは、サマルは、フーディーは、みんなは無事だろうか。

 気持ちが焦れて、何もできない自分を罵る。


 そんな時、エディアは工房の一角に目を向けた。

 スレディの作品たちである。丁寧に磨き上げられ、並べられている武器の数々には、スレディの魂がこもっている。

 長剣、短剣、槍、弓、その他にも、エディアにはよくわからないものも多かった。


 守るためには、戦わなければならない。人を傷付けるのは恐ろしいけれど、それはみんなが感じていることだ。何も、自分だけが特別ではない。

 それでも戦い続ける仲間たちの力となるには、自分もまた、武器を手にするべきなのではないだろうか。この工房へ来て、そう思った。


 扱い方も何もわからないけれど、少しずつ学ぶしかない。

 ただ、非力で経験のない自分が扱えるものなどあるのだろうか。以前、シーゼに言われたように、剣などの接近戦は、にわか仕込みでは無理だ。

 それなら――。


 エディアは、紅の弓にそっと手を伸ばした。艶やかなその弧状の弓に吸い寄せられるような感覚だった。心音が高鳴り、外の喧騒さえ耳には遠かった。だから、その手をスレディにつかまれた時、エディアは一瞬にして目が醒めた。

 うっすらと汗をかき、浅く呼吸をする彼女に、スレディはどこか厳しい目を向けた。


「止めておけ」

「え……」

「武器を手にしたら、後には引けねぇ」

「それは――」

「武器を向けた相手を、あんたが殺す。向けられた相手は、あんたを殺す。ちゃんとわかってるか?」

「それでも、私は――」


 震えるエディアの手を、スレディは放した。そうして、吸い込まれそうな、波紋のような瞳は、穏やかにエディアを見つめる。


「あんたみたいな娘は、ヤローに守ってもらってればいい。そろいもそろって、おてんばだらけだな」


 そう言っておどけたかと思うと、スレディはその弓をエディアに手渡した。


「スレディさん?」


 エディアは、言葉と違うスレディの行動が理解できず、スレディを見返した。

 手に、弓の重みがかかる。思っていたよりも、それは重たかった。

 スレディは微笑む。


「貸してやる。ただし、弓だけだ。矢は駄目だ。毎日、その弓を引いてみろ。まっすぐに、正しい姿勢でな。それがぶれなくなるまで、話にならねぇ。ま、その細腕じゃ無理だろうが」


 無理だから、あきらめろということらしい。

 エディアはきつく唇を結ぶと、弓束を握り、弓弦に指をかけた。

 ユイが矢を番えている姿を何度か見て来た。確か――。


 けれど、真新しいそれは思った以上に固く、背筋が軋むような感覚だった。静止しようとするだけで、腕が震えてしまう。


「ほら、やっぱりな。そんなんじゃ、矢なんか飛ばせねぇよ」

「……すぐに、扱えるようになってみせます」


 すると、スレディは嘆息した。


「強情だな。あんまり、無理するなよ」


 気遣ってくれているのはわかるけれど、簡単に諦めたりはできなかった。


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