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Full of the moon  作者: 五十鈴 りく
Chapter Ⅴ

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〈15〉ちょっとそこまで

 レヴィシアとユイは、水路をまたぐ橋の上から、往来を歩くシェーブル軍の深緑の制服を来た青年を眺めていた。


「うん、確かあの人、ニカルドの部下だったよ」

「そうか。……始めるぞ?」

「了解」


 ユイは手に持っていた小石を、青年に目がけて投げ付ける。当てるつもりはなく、目の前をかすめるようにして。


「!」


 彼はとっさに立ち止まり、勢いよく振り向く。レヴィシアはそんな彼の顔を見据えた。

 その兵士の眼が、驚愕のために見開かれる。それを確認し、駆け出した。


「お前!!」


 そんな声が背中にかかる。ユイもレヴィシアの背を守るようにして駆け出した。



        ※※※   ※※※   ※※※



 スレディの工房に、叫びと慌しい足音が響いた。エディアは思わず肩をすくめる。

 サマルが説明してくれた作戦が始まったのだ。エディアは皆の無事を祈るように手を組んだ。

 ただ、フーディーは、そんな緊迫した空気の中、どっこらしょ、とかけ声を上げて腰を浮かせた。


「フーディーさん?」


 不安げに見つめるエディアに、フーディーはそっと微笑んだ。


「ちょっとそこまで、様子を見てこようかのぅ」

「だ、駄目ですよ! 危ないですから!」


 慌てたエディアとは裏腹に、フーディーは笑い声を立てた。


「騒ぎのもとはワシらの仲間だ。危ないことなどありゃせんよ」


 ニカルドはとっさに、ドアに向かったフーディーの前に、その巨躯を持って立ち塞がった。


「兵たちも殺気立っています。巻き添えを食わないとは限りません。どうか、おとなしくここにいて下さい」


 そんな成り行きを、スレディの淡い瞳は黙って見守っていた。


「巻き添えか? なんだ、兵士はそんなに簡単に、こんな老人を傷付けるのか?」

「そ、そうではありませんが、万が一ということも――」

「もし、ワシが死んだら、兵士はか弱い年寄りを死に追い遣ったことになるな。民衆は、どう思うかの?」


 しわに埋もれた白濁した眼が、ぞっとするような光を向ける。


「ワシにはワシの信念がある。何とも知れず、漂うばかりのお前に、ワシの信念を曲げられるか?」

「っ――」


 言葉もなく、立ち尽くすニカルドの脇を、フーディーはすり抜けて外へ出た。とっさにそれを追おうとしたエディアの肩を、スレディがつかんでかぶりを振る。そうして、スレディはニカルドに向かって鋭く声を張った。


「お前、あれだけのものを見せられて、黙ってられんのか? 軍人なんて馬鹿らしいやつだったお前だけどな、あの時のお前には、信念があったはずだ。それはなんだ? 軍人を辞めたら失くしちまうようなもんだったか?」

「それは――」


 市民を守る。自分は、弱い者の味方であろうと、そのために軍人になった。

 だからこそ、レジスタンスたちと向き合った時、絶対悪などではない相手に戸惑いを感じ、迷った。


「信念のない男なんて、カスだ。失くす前に、さっさと追いかけて教わって来い」


 歳がいくつでも、どんな立場でも、関係ない。

 失くしてはいけないものがある。それさえ忘れなければ、自分はいつだって自分でいられる。


「……わかった」



        ※※※   ※※※   ※※※



 サマルは一人、するりと収納庫から抜け出した。

 通りまで抜けると、バタバタと走るレイヤーナ兵の姿が見えた。いっせいに、一方へ向かっている。レヴィシアが動いたのは間違いない。レヴィシアは東口から逃げる手はずであるから、こちらは西口から抜ければいい。


 ただ、この時、サマルは持ち前の用心深さを発揮し、いきなり全員を動かすのではなく、西口付近へと単独で走った。

 そんな時、シェインとレーデが数人の青年を連れ、こちらに移動して来る。


「サマル!」


 呼び止められたが、サマルは立ち止まらずに言う。


「念のために西口の確認して来る。ちょっとだけ待ってくれ」



 息を切らしてやって来てみると、そこにはやはり、ひねくれた人間がいた。

 騒動のあった方ではなく、なかった方へ駆け付けたひねくれ者が、番兵と立ち話していた。


「なんだ、特に変わったことはないのか?」


 それは、ハルトと共にいた、剣を二本佩いた男だった。


「げ」


 サマルは思わず固まってしまったけれど、あの男をなんとかしなければ、ここを通ることができない。番兵くらいであれば、フィベルに任せるが、あの男はどうだろう。

 戦って勝てるのか。不安があるのなら、戦うべきではない。なら、どうするべきか。

 サマルは、震えるこぶしを握り締め、足を前に踏み出した。


「――なあ、俺、ここを通りたいんだけど」


 すると、男と番兵はサマルを同時に見遣った。


「うん? 悪いが、今は騒動が起こってな。それが落ち着くまでは待ってくれないか?」


 番兵がそう言った。予測通りの反応だった。


「困るよ、こっちは急いでるんだ」

「そう言われてもなぁ」


 男はのん気に頭を掻いた。


「あんた、武装してるところをみると、傭兵か軍人?」


 サマルが問うと、彼は首を傾ける。


「まあ、そんなもんだ」

「だったら、騒動を早く収めてくれよ。強そうなくせに、こんなところで油売ってないでさ」


 すると、番兵は男を見て小さく笑った。


「確かに。レジスタンス、捕まえて来て下さいよ。こっちにはちゃんと応援寄越してくれたら大丈夫ですから」


 男は、心底面倒くさそうに嘆息した。


「お前……余計なことを」


 サマルは精一杯自然に聞こえるように笑ってみせた。


「はは、悪かった。じゃあ、せめて、俺が詰め所に走って応援呼んで来るから、あんたはさっさとそのレジスタンスを捕まえに走ってくれよ」

「仕方ねぇなぁ。じゃあ、ちゃんと呼んで来いよ。じゃあな」


 そう言って、男は後ろを向いて手を振る。番兵の目があるので、サマルはあからさまに気を抜くことはできなかったけれど、気分的には安堵で崩れ落ちそうだった。


「……じゃ、そういうことだから、行って来るよ」

「ああ、頼むよ」


 にこやかに番兵と別れたサマルは、近くに潜んでいたシェインの元へ駆け寄り、それから収納庫へ急いだ。入れ違いに西口へ向かったシェインは、番兵をのして、レーデたちとそこを抜けたのだった。

 

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