〈14〉狩りの時間
ヤールは町を歩き回るのにも飽きて来た。
人通りは少ない。物騒な状態が続いているのだから、それも当然だろう。
この町にレジスタンスの影があるのは事実で、真剣に探せば見付けられないことはない。だが、この町の人間は、特にレイヤーナ人である自分たちには非協力的だった。式典でレイヤーナに対する反発の声も弱まったとはいえ、王都から距離のあるこの町にまで、主の威光はまだ届いていないようだ。無理強いをするとろくなことにならない気がした。
主君、ネストリュートが、ただ殲滅のみを望むのなら話は早いのだが、あの方は欲張りだ。レジスタンスを狩ったところで、民衆を傷付けたり、不興を買うようなやり方をすれば、冷ややかな一瞥をくれるだけだろう。
水路に架かる橋を越えると、一人の少女がいた。荷物を両手で抱え、前もろくに見えていないのではないかと思う。案の定、段差につまずき、紙袋の中身をこぼした。
「あっ」
いくつか転がった玉葱が、ヤールの足元に届く。それを拾い集め、彼女に差し出すと、彼女は途端に顔を曇らせた。
彼女の目から見た自分は、やはり物騒な人間だろう。
――もしかすると、一見それらしくない自分のことは、逆に多少の噂になっているかも知れない。町の人間にとってレイヤーナ兵は敵なのだから、この反応も仕方がない。
けれど、その少女はなかなかに勝気だった。玉葱を奪い取ると、ヤールをにらみ返す。
まだ十三、四だろう。肩口でそろえた髪が大きく揺れる。
ヤールは思わず苦笑した。
「この辺りは物騒というか、これから何が起こるかわからん。女の子が一人で歩くのは、あんまり感心できないな」
暴動に巻き込まれないとも限らない。親切心から言った言葉だったが、その女の子はそう受け取らなかったようだ。
「あなたたちが物騒にしてるんじゃない」
こう、堂々と意見されるのは嫌いではない。逆に微笑ましかった。
小さな体で吠える子犬のようで、逆にかわいらしい。
「それは否定できないけどな。まあ、レジスタンスの暴動だってあるだろ?」
すると、少女は再び、かなり身長差のあるヤールを精一杯にらんだ。
「ねえ、レジスタンスって何なのか、わかってる? あの人たちの目的を、あなたは理解してる?」
「ん?」
「レジスタンスの目的は、少なくとも市民を傷付けることじゃないでしょ?」
そう言われてみると、そうなのだろうか。
彼らレジスタンスが、レイヤーナの干渉に抵抗したいだけなら、自分たちレイヤーナ兵がいることが、波風の原因であると言うのだろう。その意見はもっともではある。
「なるほどな。でも、巻き込まれることだってある。気を付けるようにな」
すると、少女はフン、と頬を膨らませてそっぽを向いた。
けれど、再びヤールを見上げる。そして、ためらいがちにつぶやいた。
「……私が子供だから、気を付けろとか言うの?」
「ああ。女の子だしな。それが?」
何かおかしいことでもあるのか、ヤールは逆に首をかしげた。そんな様子に、少女は問う。
「じゃあ、子供や女の子がレジスタンスだったらどうするの?」
面白い質問だと思う。目の前の少女は明らかに違うとわかるけれど、レジスタンス活動に興味でもあるのだろうか。
ヤールは微笑んで言った。
「それはもちろん、狩るよ」
「っ……」
「俺は、ずっと戦うことで生きて来たんだ。一度刃を向けて来た相手は、女子供だろうと敵と見なす。そうなったら、手加減はできないだろうな」
この少女を脅すために言っているのではない。本当のことだから、正直に答えただけだ。
リンランほど見境がないつもりはないが、残念ながら、戦うことが身に付いている。そういう自分たちだ。戦いとなれば、情けなど、気にしたことはない。
敏感なティエンだけは感じているのかも知れないけれど。
あっさりと言い切ったヤールに、薄ら寒いものを感じてしまったのだろう。少女は血の気の失せた顔できびすを返し、その場を駆け去って行く。
「ああ、フラれたなぁ」
パタパタと足音を立てて急ぐ彼女の後には、いくつかの玉葱が転がっていたけれど、彼女はそれを拾い集めず、ただ懸命に走り行く。
「レジスタンス、か……」
リンランは遭遇したというが、王都に詰めていたヤールは、その存在に直面していない。
この国は元来平和な国だった。
平凡な王のもと、安穏と暮らしていた民が、急に立ち上がったのだ。
彼らに、どれだけの覚悟と力があるというのだろうか。
レイヤーナのように、選び抜かれた強い王の国ではない。
彼らは、どこまで戦い抜くつもりなのだろうか。
足掻いたところで、レジスタンスは――この国は、我が主の思惑から逃れることはできるのだろうか。
どうあることが、この国の民にとっての幸せなのか、ヤールにはわからない。
ただ、ヤールがネストリュートの考えを否定することはない。だから、やはり、目の前に現れたのなら、レジスタンスは主のために狩らなければならないだろう。
面倒だな、と思いながらも、ヤールは再び歩き出した。
そんな時、町の中で声が響き渡った。その声は、兵士のものであった。そうして、混乱した民衆のものでもあり、何かの騒動が起こったのだと知れる。
ついに始まったのだ。ヤールは観念して、その声のした方に向かって走り出した。
女の子、二章で登場した子です。
ミーシェといいますが、名前が本編に出る余地がなかった(涙)




