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Full of the moon  作者: 五十鈴 りく
Chapter Ⅴ

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〈14〉狩りの時間

 ヤールは町を歩き回るのにも飽きて来た。

 人通りは少ない。物騒な状態が続いているのだから、それも当然だろう。

 この町にレジスタンスの影があるのは事実で、真剣に探せば見付けられないことはない。だが、この町の人間は、特にレイヤーナ人である自分たちには非協力的だった。式典でレイヤーナに対する反発の声も弱まったとはいえ、王都から距離のあるこの町にまで、主の威光はまだ届いていないようだ。無理強いをするとろくなことにならない気がした。


 主君、ネストリュートが、ただ殲滅のみを望むのなら話は早いのだが、あの方は欲張りだ。レジスタンスを狩ったところで、民衆を傷付けたり、不興を買うようなやり方をすれば、冷ややかな一瞥をくれるだけだろう。


 水路に架かる橋を越えると、一人の少女がいた。荷物を両手で抱え、前もろくに見えていないのではないかと思う。案の定、段差につまずき、紙袋の中身をこぼした。


「あっ」


 いくつか転がった玉葱が、ヤールの足元に届く。それを拾い集め、彼女に差し出すと、彼女は途端に顔を曇らせた。

 彼女の目から見た自分は、やはり物騒な人間だろう。

 ――もしかすると、一見それらしくない自分のことは、逆に多少の噂になっているかも知れない。町の人間にとってレイヤーナ兵は敵なのだから、この反応も仕方がない。


 けれど、その少女はなかなかに勝気だった。玉葱を奪い取ると、ヤールをにらみ返す。

 まだ十三、四だろう。肩口でそろえた髪が大きく揺れる。

 ヤールは思わず苦笑した。


「この辺りは物騒というか、これから何が起こるかわからん。女の子が一人で歩くのは、あんまり感心できないな」


 暴動に巻き込まれないとも限らない。親切心から言った言葉だったが、その女の子はそう受け取らなかったようだ。


「あなたたちが物騒にしてるんじゃない」


 こう、堂々と意見されるのは嫌いではない。逆に微笑ましかった。

 小さな体で吠える子犬のようで、逆にかわいらしい。


「それは否定できないけどな。まあ、レジスタンスの暴動だってあるだろ?」


 すると、少女は再び、かなり身長差のあるヤールを精一杯にらんだ。


「ねえ、レジスタンスって何なのか、わかってる? あの人たちの目的を、あなたは理解してる?」

「ん?」

「レジスタンスの目的は、少なくとも市民わたしたちを傷付けることじゃないでしょ?」


 そう言われてみると、そうなのだろうか。

 彼らレジスタンスが、レイヤーナの干渉に抵抗したいだけなら、自分たちレイヤーナ兵がいることが、波風の原因であると言うのだろう。その意見はもっともではある。


「なるほどな。でも、巻き込まれることだってある。気を付けるようにな」


 すると、少女はフン、と頬を膨らませてそっぽを向いた。

 けれど、再びヤールを見上げる。そして、ためらいがちにつぶやいた。


「……私が子供だから、気を付けろとか言うの?」

「ああ。女の子だしな。それが?」


 何かおかしいことでもあるのか、ヤールは逆に首をかしげた。そんな様子に、少女は問う。


「じゃあ、子供や女の子がレジスタンスだったらどうするの?」


 面白い質問だと思う。目の前の少女は明らかに違うとわかるけれど、レジスタンス活動に興味でもあるのだろうか。

 ヤールは微笑んで言った。


「それはもちろん、狩るよ」

「っ……」

「俺は、ずっと戦うことで生きて来たんだ。一度刃を向けて来た相手は、女子供だろうと敵と見なす。そうなったら、手加減はできないだろうな」


 この少女を脅すために言っているのではない。本当のことだから、正直に答えただけだ。

 リンランほど見境がないつもりはないが、残念ながら、戦うことが身に付いている。そういう自分たちだ。戦いとなれば、情けなど、気にしたことはない。

 敏感なティエンだけは感じているのかも知れないけれど。


 あっさりと言い切ったヤールに、薄ら寒いものを感じてしまったのだろう。少女は血の気の失せた顔できびすを返し、その場を駆け去って行く。


「ああ、フラれたなぁ」


 パタパタと足音を立てて急ぐ彼女の後には、いくつかの玉葱が転がっていたけれど、彼女はそれを拾い集めず、ただ懸命に走り行く。


「レジスタンス、か……」


 リンランは遭遇したというが、王都に詰めていたヤールは、その存在に直面していない。

 この国は元来平和な国だった。

 平凡な王のもと、安穏と暮らしていた民が、急に立ち上がったのだ。

 彼らに、どれだけの覚悟と力があるというのだろうか。

 レイヤーナのように、選び抜かれた強い王の国ではない。

 彼らは、どこまで戦い抜くつもりなのだろうか。

 足掻いたところで、レジスタンスは――この国は、我が主(ネストリュート)の思惑から逃れることはできるのだろうか。


 どうあることが、この国の民にとっての幸せなのか、ヤールにはわからない。

 ただ、ヤールがネストリュートの考えを否定することはない。だから、やはり、目の前に現れたのなら、レジスタンスは主のために狩らなければならないだろう。



 面倒だな、と思いながらも、ヤールは再び歩き出した。

 そんな時、町の中で声が響き渡った。その声は、兵士のものであった。そうして、混乱した民衆のものでもあり、何かの騒動が起こったのだと知れる。

 ついに始まったのだ。ヤールは観念して、その声のした方に向かって走り出した。


 女の子、二章で登場した子です。

 ミーシェといいますが、名前が本編に出る余地がなかった(涙)

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