〈11〉内緒話
その後、リビングにて、レヴィシアは再び皆と向き合っていた。アランとレーデには宿を用意したので、ここにはいない。
サマルはアランたちがいなくなってから、いつものように伸びやかな調子で口を開いた。
「駐屯してるシェーブル兵と、レイヤーナ兵の数は、多い方じゃない。各地で出没するレジスタンスに対応するため、兵を分けるしかなかった結果だろうな。今の俺たちの兵力でもなんとかなるはずだ」
そう言いながらも、ただ、と言葉を切る。
「何か嫌な予感がする。ここは以前、レヴィシアを逃がしてしまった失態があった場所だ。警備が手薄なはずはないんだよな」
「そうだな、少数精鋭ということもある。どうやって切り込むか……」
眼鏡を押し上げ、ザルツもつぶやく。そこで、レヴィシアは珍しく閃いた。高らかに手をあげる。
「はい! いいこと思い付いた!」
その途端、その場にいた誰もがひどく嫌な顔をした。まだ何も言っていないのに、とレヴィシアは頬を膨らませ、それから言う。
「あたしの顔を覚えてる兵士がいるよね。だったら、あたしが兵士を引き付けて、その隙に『ポルカ』のメンバーを助け出せばいいんじゃない?」
「却下だ」
間髪入れず、ザルツはレヴィシアをにらんだ。ユイも眉根を寄せている。ルテアがここにいたなら、きっと同じ反応をしたことだろう。
「なんで? それが手っ取り早いのに」
「手っ取り早い代わりにリスクが大きいよ」
と、ユミラもため息混じりにぼやく。
「そうよ。もうあんな思いさせないで」
プレナにそう言われると困ってしまうが、レヴィシアなりに言い分もあった。
「でも、今、この時も『ポルカ』の人たちは心細い思いをしてるんだよ。少しでも早く助けてあげなきゃ駄目。だから、多少危なくったっていいじゃない。あたし、がんばるから」
こうなると、もうひたすらに突っ走る。
けれど、そんな彼女だから、みんなが付いて来ると言ってしまえばそれまでだ。
「あ、シーゼは待機しててね。ユイの気が散るから」
そう、笑って言えるようになっただけ、レヴィシアは成長したのかも知れない。
「ごめんね、治ったらがんばるから」
しょんぼりとしたシーゼに、レヴィシアはかぶりを振る。
ザルツは深く嘆息すると、複雑そうな面持ちのユイに言った。
「ユイ、レヴィシアを頼む。ただ、本当にすぐ逃げるように。シェイン、ティーベット、フィベルは救出。サマル、逃走ルートを確保して、上手く誘導してくれ。アーリヒはけが人が出ることを想定して備えてほしい。救出後、一度リレスティに向かおう。残りのメンバーは、馬車の手配、後、食事も必要になるな。それぞれ、頼む」
皆がうなずく。ただ、フィベルだけは嫌そうだった。
「まだ?」
まだ、こき使うのかと。
あてにしないでほしかったようだが、人手不足なので、そのつぶやきは無視された。
※※※ ※※※ ※※※
その後、レヴィシアとプレナは宿の風呂を借りに向かった。この民家には風呂がないのである。シーゼとアーリヒは後で入ると言うので、二人で来た。
すると、その脱衣所にレーデの姿がある。
「あ、レーデさんだ」
レヴィシアが笑いかけると、彼女は少し困ったような表情をした。それに構わず、レヴィシアは駆け寄る。レーデの下ろしている髪は濡れておらず、今から入るのだと見て取れた。
「あたしたちも今から入るとこ。丁度よかった」
「え、ええ」
人懐っこいレヴィシアに困惑している彼女の姿に、プレナは苦笑した。
そうして、彼女たちは湯船につかる。石を積み上げて固めたような、古臭い浴槽だったけれど、レヴィシアは楽しそうだった。
「ねえねえ、レーデさんとアランって、恋人?」
レーデは一瞬、ほうけてしまった。それから、クスリと苦笑する。
「いいえ。主従関係と言った方がわかりやすいかしら」
「主従、ですか……」
プレナが首をかしげる。
「ええ。私はアラン様のご実家の、使用人なの」
それだけの関係で、危険なレジスタンス活動まで付き合うのかと、レヴィシアの顔に書いてあった。
「ふぅん。でも、好きだったりしないの? 内緒にしておいてあげるよ。ね、ほんとはどうなの?」
無邪気なものだ、とレーデは思った。その濁りのない瞳が眩しい。
「そんな風に思ったことは一度もないわ」
「そうなんだ?」
あまり信じていない風だった。なんでも色恋に結び付けたくなる年頃に、何を言っても無駄だと思う。
「……あなたは?」
「へ?」
「レヴィシア、好きな人とかいないの?」
ただ、こういう話をしたがるくせに、自分に向けられると弱いようだ。
「あ、あたしは――」
目に見えてうろたえたレヴィシアを、プレナは優しく微笑を浮かべて見守っている。
レヴィシアは赤い顔を両手で包み込むと、わかりやすい言い訳を言った。
「なんか、のぼせちゃった。もう、上がるね!」
逃げた。
かわいらしくて笑ってしまう。レーデは久し振りに声を出してクスクスと笑った。
そして、あの純粋な娘がアランに利用されようとしているのかと思うと、ぞっとした。
願わくは、彼の気が変わってくれるように――。




