〈10〉ちぐはぐな
アスフォテの町にある駐屯兵の詰め所で、シェーブル軍の面々と、よそ者であるレイヤーナ軍は相容れない状態であった。
シェーブル兵隊長は新任して間もなく、部下の機嫌を取るのに忙しい。
そして、レイヤーナ軍の指揮官は、やる気がなかった。
ふたつの派閥が、常にお互いを意識し、動きを監視している。本当にしなければならないことは、抵抗組織のあぶり出しなのだが、それすらおざなりだった。
この町に潜んでいるという情報が寄せられてから、巡回は続けている。ただ、未だに見付けられずにいるのは、この勢力争いのせいだろう。
レイヤーナ軍の指揮官、ヤンフェン=ヤールはふぁあ、と大きくあくびをした。
短い頭髪に、精悍な顔立ち。軍服は窮屈だから嫌いだと、鍛え上げられた二の腕を見せ付けるような軽装だった。腰には赤と紫の房の付いた二本の剣がある。
格式、美、そういったものを重視するレイヤーナの国柄と、この男はまるでちぐはぐだった。だからこそ、部下たちは何故この男に従わねばならぬのかと、憤懣やるかたない。
ただし、その命を下したネストリュート王子には、絶対の信を置く。だからこそ、この男が重用されていることも気に入らなかった。素性怪しく、軍にさえ正式に所属していない、粗野なこの男が何故――そればかりを思う。
にらみ合っていたシェーブル軍とレイヤーナ軍は、彼の気の抜けるあくびに水を差された。
「た、退屈そうですな。それなら、巡回でもされたらいかがですか?」
部下の皮肉に、ヤールはうん、とうなずく。
「そうする。じゃあな」
パタパタと軽く手を振って去った。品位も何もなく、あれがひと目でレイヤーナ人だと知れなくてよかったのかも知れない。部下たちはそんな風に思った。
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ヤールは潮風が鼻先をかすめる町を歩く。こういう雑然とした町並みは、レイヤーナにはあまりない。けれど、ヤールはこの空気が嫌いではなかった。
今回、急に主であるネストリュートからこちらへ向かうように指示を出されてしまった。正直、面倒だった。
同族のリンラン――彼女なら、ネストリュートが一声かければ、喜んで討伐に向かっただろう。彼女にとって、ネストリュートの命に従えることは喜びなのだから。
いつも自分ばかりが働いて、ヤールは怠けていると不満たらたらだった。否定もできない事実だが。
ただ、ヤールにとっても、ネストリュートは絶対だ。
あの、王者として相応しい、ただ一人の存在。
ただし、こう、目の届かないところにいると、時々息抜きしたくなるのも事実だが。
この国は、暴動が頻発しているけれど、もともとはのどかで過ごしやすい国だったはずだ。この国の価値を、ネストリュートはどのように考えるのか。
彼が腹のうちをさらすのは、常に近侍しているティエンか、腹心の弟君、ハルトビュートだろう。もしくは、誰も何も知らないのかも知れない。
彼の思惑によって、この国は翻弄されるのだろうか。それとも、内戦によって自滅するのだろうか。
この愚かしい状況を招いた、今は亡きシェーブル王は、やはり王の器ではなかったのだろう。
暗君ならば、早々に排斥する必要があった。それをしなかった、この国の甘えた者どもが、国と共倒れになるのだから、どんな未来にも文句など付けられたものではないが。
ただ、レジスタンスたちは、自らの望む者を新たな王に就けようとしているようだ。
不安定な今だから、都合のいい夢想をする。
そんなもの、本気で叶うと思う方がどうかしている。
付け焼刃の、寄せ集めの兵力と、それを従えて図に乗る程度の人間が、王の器だと、彼らは本気で信じて戦っているのだとしたら、こんなにも滑稽なことはない。
優しさ、下の者への理解、そんなものがすばらしく思えたなら、それは平和ボケだ。
この諸島、そんなにも生易しい王の国では生き残って行けない。レイヤーナの属国になることを恐れるのなら、尚更だ。
心優しいだけの弱い王では、他国に飲まれる未来があるだけ。
だからこそ、レジスタンス組織など、数多くあろうとも、どれも同じだ。
全部刈り取って、平らげる。
そうして、相応しい者が王になる。
そうすることでようやく、この国は正常な状態に戻るのだ。
ただ、それには少々の手間がかかる。
面倒だった。
もう少し、応援を増やしてほしい。
そう、ヤールは嘆息していた。




