〈9〉策略
翌日、レーデとサマルがシェンテルに戻って来た。
サマルはザルツに、レーデはアランにそれぞれ報告する。
「――エディアとフーディーは、あの工房から出なければ無事だろう。この際、下手に動くよりはこのまま残ってもらった方がいい」
「まあ、そうだな」
「フーディー、元気だった?」
そう尋ねるレヴィシアに、サマルは苦笑してうなずく。
そんなやり取りをしていると、アランとレーデが戻って来た。アランは微笑を浮かべているが、レーデは常に表情を変えない。何を思っているのか、窺い知ることはできなかった。
「大事な話があるんだが、いいかな?」
アランがそう切り出す。
皆、姿勢を正し、それを待った。
「僕たち『ポルカ』は、今後、君たち『フルムーン』と合併したい。もちろん、リーダーはレヴィシアでいい。僕は補佐に回るつもりだ。……受け入れてもらえるだろうか?」
それは、組織にとっては願わしい申し出だった。『ポルカ』は構成員の数も多い。不慣れな構成員たちも、ユイたちが指導すれば、戦力になるはずだ。
ただ、ザルツはその言葉の真意を測っている風に見えた。
「俺たちの目標は、民主国家の実現。それを理解された上での決断ですか?」
アランはそれでも笑みを崩さなかった。その問いに、レーデが答える。
「はい。それがこの国を解放することであると信じます」
拒む理由はなかった。
そうしたら、また理想に一歩近付ける。レヴィシアはそう思った。
「レヴィシア、一緒にこの国を救おう」
その言葉に、レヴィシアはうなずく。
「うん。ありがと」
この時、ユイ、ザルツ、サマル、そうした面々は、何かを感じていた。けれど、それを口に出せるほど、はっきりとではない。
漠然と、ただ、何かを感じて、レヴィシアを見守っていた。
※※※ ※※※ ※※※
そうして、アスフォテへ進行する段取りが組まれて行く。
その打ち合わせを終えた頃、アランとレーデの二人は民家の外で話していた。
「ファルスは結局、見付からずじまいか」
「はい」
「あいつ、優秀だったから、惜しいなぁ」
「そう、ですね」
アランにとって、他人の価値とは、自分に何をもたらしてくれるかで決まる。
だから、彼がレヴィシアにリーダーの座を明け渡すと言い出した時、ぞくりとした。善意で身を引くような人間ではない。だとするなら、何か謀があってのことだ。
あの幼い少女をどのように利用するつもりなのか。
けれど、自分は逆らえない。そばでうなずくだけだった。
アランは、嫉妬深い目をして、吐き捨てる。
「クランクバルドにフォード、フェンゼース……そんなやつらがいるんだ、この組織には」
貴族の家に生まれ、アランは幼い頃からかしずかれて来た。
けれど、彼は家督を継ぐべき長子ではない。
居場所を求め、ふらりと旅立ち、レジスタンス活動を始めた。国を憂えたわけでもなく、ただ自分を蔑ろにしたすべてを見返すためだけに。
そんな彼だからこそ、他人の下につくことが我慢ならない。
それを、レーデは誰よりもわかっている。だからこそ、心が重く、暗澹とした。
そうして、彼は言う。
「この組織を丸ごと手に入れれば、彼らの上に立てる。僕に従えることができる。なあ、そうだろう?」
その考えは彼にとって、とても甘美だったはずだ。
けれど――。
「彼女から、仲間を奪うのですか?」
すると、アランは嫌な笑みを浮かべてかぶりを振った。
「まさか。あのいたいけな少女を放逐するなんて、そんな非道なことはしないよ」
「では……」
「彼女はレブレム=カーマインの娘として、十分に価値がある。人気取りにはまだまだ必要だ。それに、彼女がいなければ、組織の面々は納得しないだろう」
彼の企みが、手に取るようにわかったからこそ、レーデは内心では彼を罵っていた。
「まず、レヴィシアだ。彼女を手に入れれば、組織は僕のものになる。わかったな、レーデ?」
うなずくけれど、レーデはぽつりとこぼした。
「勝算はおありですか?」
心外だとでもいうのか、アランは髪を髪上げ、失笑した。
「少し、父親と似ていないと言われただけで、すごく不安そうにしていた。彼女は、揺れ動きやすい、普通の女の子だよ」
だから、付け入るのはたやすい、と。
レーデはただ、レヴィシアがそれほどまでに愚かでないことを願うしかなかった。




