〈8〉支え
『本当に、君はレブレム=カーマインの娘なのかな?』
あんな一言は、笑い飛ばせばよかった。
なのに、今、こんなにも不安になってしまうのは、心が弱っているせいだ。一緒に笑い飛ばしてくれたはずのルテアがいない――。
組織のみんなは、レヴィシアがレブレム=カーマインの娘でなくとも、そんなの構わないと言ってくれるかも知れない。けれど、世間はどうだろう。
ただの子供の言葉に、耳を傾けてくれるだろうか。
きっと、くれないだろう。
そうしたら、自分はどうするべきなのか。
レヴィシアは一人、薄暗くなった家の外にいた。すぐそこにいるとわかっているから、皆うるさくは言わなかった。そっとしておいてくれる。
そうして、家の壁を背にぼうっとしていると、声がかかった。
「どうしたんだ?」
その声は、アランだった。
レヴィシアはとっさに壁から離れて立つ。
「え? うん、ちょっと考え事をしてただけ」
「それ、僕のせい?」
違うとも言い切れないが、そうだと言ってしまうのも違う気がした。
「ちょっと、このところ色々あったから、頭の整理が付かなくて」
そう言って笑った。すると、アランはレヴィシアの隣に並び、そこからレヴィシアを見下ろした。
「そうか。僕でよければ相談に乗るけれど?」
「ありがとう。その時はよろしく」
うなずき、レヴィシアは部屋に戻ることにした。まだ、何かを言いたそうにしているアランを残し――。
部屋に戻ると、そこにやって来たのはユミラだった。貴族の総領息子らしくない、簡素な平服にも慣れて来た彼は、それでも優美に微笑んでみせた。
「ユミラ様、どうしたの?」
「うん、ちょっとだけ話をしておこうと思って」
ユミラは部屋の中までは立ち入らず、入り口に立ったままで言った。
「君がどんな生まれで、どんな親を持っていようと、僕は知らない。ただ、あの時、困っていた僕を助けてくれた君は――少なくとも僕にとっては、どんな英雄よりも頼りになったから」
落ち込んでいるように見えたのだろう。励ましてくれている。その心がわかったから、レヴィシアは笑って返した。
「あの時は、助けるつもりが、よくわからないことになっちゃったけどね」
「それもそうだけれど」
真面目でお行儀のいいユミラは、否定せずにうなずいた。それもそうなんだ、とレヴィシアは苦笑する。
「僕も、血筋や家のことで悩んで来たから。嫌だと思いながらも、そういったものを取っ払ってしまうと、自分の価値なんてないと感じてしまっていた。でも、今、こうして活動をしていると、そんなこと瑣末に感じるよ。みんな、家も血筋も関係なく、自分の想いのために戦っているから」
だからね、とユミラは静かに言った。
「君が理想を願うなら、それはお父上も誰も関係ない、それは君の願いで、理想だ。間違えちゃいけないよ」
ユミラの、自身の存在を問う苦悩は、レヴィシアのそれとは比べ物にならないほどに大きいはずだ。それでも、思いやり、励ましてくれる。その気持ちがありがたかった。
「ありがとう、ユミラ様」
かぶりを振り、ユミラは再び微笑む。
「ルテアさんがいてくれたら、僕もこんな気を回さずにすんだんだけれど」
「ユミラ様、年下なのに、生意気!」
「それを言うなら、年上らしく振舞ってくれないか?」
「うわぁ」
二人は顔を見合わせて笑い声を上げた。
そんなやり取りを、アランは物陰から聞いていた。その表情は、驚くほどに険しい。
それから、アランはリビングに向かった。そうして、不機嫌なまま、クオルという子供に話しかける。
「おい、ちょっと訊きたいんだが」
すると、その子供は精一杯に顔をしかめた。
「ボク、ヤローと仲良くするの、趣味じゃないんだ。他あたってよ」
「はあぁ?」
子供だから、頭も使わず、素直に知りたい情報をくれるだろうと思って声をかけたのに、この態度。この子供は何がどうなっているのだろう。躾がまるでなっていない。
思わず、品のない声を上げてしまい、アランはそれをなかったことにするかのように咳払いをひとつした。クオルの隣にいた小太りの青年がひそひそとささやく。
「駄目だよ、いきなりそんな、失礼だよ」
「じゃあ、ゼゼフが答えてあげれば?」
「うぇ!?」
この肥えた青年、ゼゼフの方がよほど素直そうだ。アランはそちらで手を打つ。
「……この組織で一番身分が高いのは誰だ? レヴィシアが『ユミラ様』と呼んでいた少年は、育ちがよさそうだが?」
「え、あ、その、ええと、ユ、ユミラ様は貴族、です」
この白膨れ、どもりにどもる。アランは苛々とした表情を隠さなかった。
「貴族? もっと正確に! 身分は?」
自身の実家は、子爵である。貴族社会では中流であるが、平民から見れば雲の上の存在だ。家を出てからというもの、それを強く感じた。
だから、『特別』は自分だけでいい。自分以外の身分の高い者など、必要ない。
あの、あの、とゼゼフは青ざめながら言った。
「ユ、ユミラ様は、ク、クランク、バルド、公爵のおま、お孫さんで……」
切れ切れに拾ったゼゼフの言葉は、アランには信じがたいことだった。
「クランクバルド? まさか!?」
なんの冗談だと、笑い飛ばす。けれど、横にいたクオルは顔をしかめたままで笑わなかった。それに、この頭の悪そうなゼゼフに、冗談を言える才能はなさそうだ。
だとするなら、あの少年は王国最高位の名門貴族。王家の血すら混ざり合った、正真正銘、高貴な人間だ。このクオルという少年が、自分に敬意を払わないのは、もっと身分が上の人物がそばにいるせいだろう、とアランは考えた。
「ほ、他にもいるのか?」
何か、嫌な予感がした。
「ほ、他? フォ、フォード将軍の、息子とか、フェンゼースの遺児、とか……」
思わず、悲鳴を上げたくなるような顔ぶれ。
なんなんだ、この組織は、と内心では受け入れがたいものを感じた。
けれど、そうしてふと思う。
それらをすべて手に入れることができたら、と。
リーダーとして、彼らすべてを従えることができたら。
その考えは、あまりにも魅力的だった。
そのための鍵は、やはりあの娘だ――。




