〈5〉アラン
その民家は、倉庫の持ち主である漁師の家だった。漁師仲間の中でも顔役と言える人物で、気性も荒かったが、そこはファルスが交渉したのだという。
ただ、ザルツたちがそこを訪れた時、そのファルスはすでにいなかった。
青ざめた顔のアランというリーダーの男がいただけだ。
二十代前半、顔立ちは整っているものの、その目は常に揺らいでいる。ただ、怯えている風に見えた。
頼りにしていた仲間が戻って来ずに、不安で仕方がなかったのだろう。ただ、彼は最も頼りとするレーデの顔を見た瞬間に、心底ほっとした表情を見せた。
「レーデ……!」
「アラン様、ご無事で何よりです」
そう言って頭を下げたレーデに、彼は小さくうなずく。
「ああ、俺は無事だけど、ファルスが戻って来ないんだ。もしかすると、捕まったのかも……」
「ここへ来るまでの道中、そのような騒ぎはありませんでした」
静かにそう言ったレーデに、彼は更に顔を青くする。
「それ……ファルスが僕たちを見捨てて逃げたって言うのか?」
「その可能性も否定できません」
「そんなっ!」
口を挟むことは憚られたが、ザルツは仕方なく口を開く。
「いつ何時、仲間が離反するかはわからない。危険と隣り合わせの活動は、そうしたものです」
そこでようやく、アランはザルツを見た。あまり、興味を持った風ではない。彼はきっと、自分の組織の仲間たちでさえ、全員の顔を覚えていないのではないかと思われた。
「君は、誰?」
「ザルツ=ナーサス――レジスタンス組織『フルムーン』の構成員です」
そこでようやく、助けが来たのだと理解したようだ。安堵すると、彼は何故か眉根を寄せた。
「ん? ちょっと待ってくれ。確か、『フルムーン』のリーダーはレブレム=カーマインの娘だって聞いたんだが?」
「そうですが、それが何か?」
ザルツが淡々と答えると、アランはかぶりを振って嘆息した。その仕草が、何か傲慢に見えた。
「何かって、どうして彼女が来なかった? リーダーなんだろう? どうして、リーダーの僕に会いに、彼女自らが出向いて来ないんだ?」
すると、ザルツの隣のティーベットが、はぁ? と大声を出した。アランはその声にびくりと身を震わせる。
「なんでって、お前らが助けを求めて来て、俺たちは助けに来たんだ。俺たちが何かを頼みに来たわけじゃねぇだろ」
事実、そうであったとしても、彼は他人を下に見ている。そんな気がした。
こういった態度には、覚えがある。多分、彼は上流階級の出なのだろう。
「それはそうかも知れないが、今後共闘することもある。こちらにも敬意を払ってもらいたいものだ」
更に言葉を重ねたアランに噛み付きそうなティーベットを無言で落ち着けると、ザルツは静かに言った。
「それは失礼しました。彼女は少々、体調が優れなかったもので。……それで、状況をお聞きしたいのですが、今この町には何名ほど救出するべきお仲間がいるのでしょうか?」
下手に出ると、アランはそれで納得したようだ。
「ああ、四十人くらいはいると思う」
「そうですか。それだけの人数ともなると、なかなか隠密裏には難しいですね」
「じゃあ、前面対決か?」
そんなティーベットの一言に、アランはびくりと身を硬くした。彼を横目に、レーデが嘆息する。
「でも、今のアスフォテにはレイヤーナ軍の応援もいるわ。大丈夫かしら……」
「逃げることを第一に考える。無理に戦わない。今はそれが精一杯ですが」
ザルツの言葉に、アランは不安げな顔をした。
「……まあ、無事逃げ切れるのであれば」
できない時に意地を張らず、引き際を見誤らないこともリーダーにとっては大事なことだ。
「まず、場所を移しましょう。あなたには隣村に避難していてもらった方がいい」
アランはそれで納得した。けれど、レーデは少し、仲間たちが気がかりのようだ。
「私は、倉庫に戻って状況を伝えて来ます。私一人くらいなら、どうとでも逃げられますから」
返事を待たず、レーデは外へ出た。その背を見送りながら、ザルツもうなずく。
「では、こちらも急ぎましょう」




