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Full of the moon  作者: 五十鈴 りく
Chapter Ⅰ

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〈15〉ずれた思想

 アーリヒたちと向かった先は、地下室のようだった。

 階段を下った先の部屋の前で、アーリヒはドアをノックする。


「アタシだ。レヴィシアたちとそこで会ったから、連れて来たよ」

「ああ、どうぞ」


 リッジの落ち着いた声が返る。

 レヴィシアたちは一瞬だけ目を合わせ、それから緊張の面持ちでその扉が開くのを待った。

 扉の割に、中は広かった。物置だったのかも知れないが、今ではレジスタンスのアジトとして、机や椅子が運び込まれている。その壁際には主要メンバーが十人程度集まっていた。クオルの父、シェインの姿と、ルテアに絡んだ老人の姿もある。

 その正面に腰かけているリッジは、席から立ち上がると微笑んだ。


「ようこそ。これでやっと、落ち着いて話ができるね。どうぞ、座って」


 六脚の椅子が用意されている。

 リーダーの威厳などははなからないけれど、レヴィシアなりに凛として前を見据えたつもりだ。レヴィシアが中央の椅子に座り、その隣にザルツ、逆隣にルテアが座る。アーリヒとクオルはシェインのいる壁際に収まった。

 リッジは笑顔を絶やさずに座り直す。そうして、切り出した。


「今、君たちはレヴィシアが結成した『フルムーン』に、『イーグル』という組織が合併した形になっているんだよね?」

「そう、です」


 短く答えたレヴィシアに、リッジはうなずく。


「僕たちも合併して組織を大きくすることを望んでいるんだ。何せ、今ではメンバーが半数近くにまで減ってしまっているからね。申し出は、正直ありがたい」


 その言葉に、レヴィシアたちはほっとした。ここまでやって来た甲斐があったのだと。

 けれど、その言葉には続きがあった。


「ただね、御存知の通り、この『ゼピュロス』のリーダーは不在のままだ。もちろん、共闘することに異議はないけれど、合併は保留できないだろうか? 僕らの一存で組織の形を変えてしまっては、ロイズさんが戻った時、申し訳がないから」


 彼の言い分はもっともだ。申し訳なさそうに告げられたことに、レヴィシアは思わず両手と首を振って答えていた。


「構わないよ。この国を救いたいって気持ちはみんな同じだから、組織の形にこだわらなくたって、一緒に戦うことはできるよね」


 一瞬、ザルツがレヴィシアを横目で見やる。けれど、口は開かなかった。

 ほっとしたように息をついたリッジは、手を組み直す。


「ありがとう。……それで、僕たちはロイズさん当人と、一緒に捕まった仲間たちの救出をするつもりでいる。危険は承知で、その協力を頼めるかな?」


 ロイズ=パスティークの救出ともなれば、たくさんの兵力とぶつかることになるだろう。

 レヴィシアはまず、ザルツの顔を素早く確認した。彼は静かにうなずく。逆隣のルテアもうなずいた。

 組織の意見は決まり、レヴィシアは正面に向き直る。


「わかったよ。がんばろうね」


 力強くうなずき、その一言を聞いた時のリッジは、落ち着いた雰囲気を壊し、年齢よりも幼くさえ見える、本当の笑顔を見せた気がした。


「助かるよ」


 彼を見ていると、どれだけロイズを信頼しているのかが手に取るようにわかった。

 だから、必ず再会させてあげたい。

 国がどうこういう前に、まずそれを思った。


「少し手狭だけど、寝泊りできるところは用意してあるから、まずはゆっくり体を休めて。その間に、こちらに呼び寄せたいメンバーがいれば、僕たちが手配するよ」

「じゃあ、お言葉に甘えるね」


 そうして、ふたつの組織の顔合わせは済み、その場にいた人々も散り散りに部屋を出て行く。今後に向けて、色々と準備もある。時間が惜しいのだろう。

 クオルたちマクローバ一家も、レヴィシアに笑いかけると、それから去って行った。

 そんな流れの中、リッジは立ち上がって背を向けたレヴィシアに、一言声をかけた。


「レヴィシア、少しいいかな?」

「え? なぁに?」


 レヴィシアが振り向くと、リッジだけは慌しい様子を見せずに座ったままでいる。


「二人だけで話したいことがあるんだ。すぐに済むし、そんなに時間は取らせないから」


 口調は柔らかい。けれど、隣にいたザルツが、その会話に割って入った。にこやかなリッジに対し、ザルツはいつもながらの厳しい面持ちだった。


「悪いが、レヴィシアも疲れている。話なら、俺が代理で聴こう」


 すると、リッジは苦笑した。


「申し訳ありませんが、リーダーである彼女に直接確認しなければ意味のないことなんです」


 ザルツが気遣ってくれるのはありがたいけれど、それくらいは大丈夫だ。


「すぐに済むみたいだし、大丈夫だよ。ちょっとだけ外で待ってて」


 レヴィシアはそう言いながら、もう一度椅子に腰を下ろした。ザルツは聞こえるか聞こえないかという、小さな息を吐いて背を向けた。



 そして、二人は他に誰もいなくなった室内で向かい合う。


「わざわざ悪いね」


 リッジの発した声が、レヴィシアに届いた後は溶け込むように消えて行く。部屋の外の話し声が微かにするものの、この区切られた空間にいては、とても遠かった。

 なんとなく、緊張してしまう。

 それを和らげるため、レヴィシアは尋ねる。


「まさか領主館がアジトなんて、びっくりしたよ。領主さんまでメンバーだなんてことはないよね」

「ああ、ロイズさんが捕まってから、匿ってもらってるんだ。メンバーじゃなくて協力者だよ。多少の資金援助もしてもらってるけど」


「貴族なのに、いい人なんだね」

 

 偏見のこもったレヴィシアの言葉を、リッジはたしなめるどころか否定する。


「いや……僕たちの活動が成功した方が、今後の自分の得になるから。領主からして自分の利益が第一なんだから、住民たちだってそうだよ。レジスタンスの暗躍も公然で、見て見ぬ振りだ。まあ、助かるけど、タヌキばっかりの町だよ、ここは」


 リッジは時々口が悪いようだ。レヴィシアは返答に困ってしまう。

 すると、リッジはその隙に本題に切り込んだ。


「……ねえ、レヴィシア。君は、国軍とレイヤーナ軍を退けた後のことを考えているのかな?」


 敵を倒したら、みんなが幸せになる。まだ子供の部類のレヴィシアが、そんな楽天的な考えで活動をしているのではないかと、リッジは思ったのかも知れない。


「考えてるよ。あたしはね――」



 その言葉を遮るようにして、リッジは突拍子もないことを言う。


「君が王になるの?」


 思わず卒倒してしまいそうな発言だ。


「そ、そんなわけないでしょ!」

「だよね」


 あはは、と笑っている。


「だよね、じゃないって……」

「ごめんごめん。……でも、それなら問題ないか」

「問題?」


 レヴィシアが尋ねると、リッジは深くうなずいた。


「そう。僕はロイズさん以外に国をまとめられる人物はいないと思っているから。僕たち『ゼピュロス』の目的は、ロイズさんを国の頂点に据えることだ」


 崇拝に近いまでの尊敬が、リッジの笑顔に収束されている。余計なお世話かも知れないが、さっきまで感じていた微笑ましさを越えて、それはどこか危ういと感じてしまう。


「……あたしは、一人に責任を押し付けなきゃいけない仕組みなんて、なくなった方がいいと思うの」


 正直に、そう言った。


「え?」


 リッジはきょとんとする。


「あたしたちが目指すのは、『王様のいない国』。みんなで考えて、選んで、協力し合って国を動かして行けるような自由が理想」


 まっすぐにそう言ったレヴィシアに、リッジは言葉を選んでいる風だった。ためらいがちに口を開く。


「え……と。けど、それは混沌を生むよ。大抵の人々は、誰かに引っ張ってもらわなきゃ、不安で身動きが取れなくなるから。自由っていうのは結局、美化した呼び名に過ぎないのかもね」


 自由と不安。背中合わせの光と闇。

 それでも、選び取れることが幸せではないのだろうか。


「最初は戸惑っても、ひとりひとりが強くなれる。あたしはそう思うよ」


 すると、リッジは思いやりにあふれた優しい目をした。哀れみに近いものだったのかも知れない。

 レヴィシアはその意味がわからなかった。


「君はとてもまっすぐだね。でも、まだ世の中を知らない。それは恥ずかしいことじゃないし、むしろその純粋さを失くさずにいてほしいな。その素直さがあれば、すぐに道が開けるから」


 何故だろう。

 ほんの少しのずれが目の前にあるとわかっているのに、どう言えばわかってもらえるのかがわからない。

 急に、独りで取り残されたような気分になった。

 国を憂うのは同じなのに、見据える未来にずれがある。

 どちらが正しいと、答えを持つ者はいないだろう。

 多分、どちらも正しく、どちらも等しく間違っているのだから。

 それとも、自分こそが正しいと言えたならよかったのだろうか。


 結局、他愛のない会話を二、三、交わし、レヴィシアは部屋を出た。


 リッジと先に親しくなったため、他の構成員の手前、敬語で話すか、砕けて話すか、ちょっと迷ってるレヴィシアでした。


 リッジは、すでにレヴィシアを呼び捨てにしています。

 彼は、年上、年下で判断していますので。

 ただ、『ゼピュロス』メンバーは、基本呼び捨てにされています。

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