〈3〉ぽっかりと開いた穴
このシェーブル王国で今、最も勢いがあるとされるレジスタンス組織『フルムーン』。
『王様のいない国』民主国家を目指し、最初は四人から始まったこの組織も、気付けば百五十人を超す大所帯となっていた。ただし、すべてが戦闘員ではなく、後方支援の構成員も含めての話だが。
この組織の旗印であるリーダーは、若干十六歳の少女である。
レヴィシア=カーマイン。
彼女は、仲間たちを束ねるほどに、統率力があるわけでもなく、どちらかといえば直情的で無鉄砲な性格だった。けれど、彼女には不思議と力を貸してしまいたくなる何かがある。
そんな彼女だったが、いつもは動きに合わせて元気に跳ねる、トレードマークのポニーテールまでもが、今はしおれて見えた。大きな青い瞳もすっかりはれてしまい、短い前髪の下の眉もしょんぼりと下がっていた。
彼女が親友のつもりでいた、ルテア=バートレットという少年のせいである。
彼が悪いわけではないのだが、レヴィシアに黙って単独行動に出てしまい、レヴィシアなりに彼の心配をしているのだ。腕と肋骨を折るけがを負っているにもかかわらず、彼は山賊の出る山に入った。そのけがのもとが自分であるせいもあり、レヴィシアは心配でたまらない。
ただ、追いかけてはいけない。
どんなに心配でも、信じるしかない。
そう、以前に約束もした。
だから、今は自分の役目を全うするだけ。
頭ではそうわかっていても、心配は尽きない。
馬車に揺られる中、そんなレヴィシアの肩を抱いてくれたのは、プレナ=キートという女性だった。レヴィシアの幼なじみで、姉のような存在の彼女は、いつもレヴィシアのよき相談相手だった。レヴィシアは、短い髪のよく似合う、プレナの整った顔を見遣り、甘えるように体を傾ける。
「ごめんね、向こうに着いたらちゃんとするから」
「うん。今は無理しないでいいから」
いつだって、プレナは優しかった。
そんな二人を、長髪の青年と眼鏡の青年は、向かいの席から無言で眺めていた。彼らもまた、レヴィシアを心配しているが、上手く声をかけてあげられるだけの器用さがない。だから、終始無言だった。
長髪の青年はユイトル=フォード。通称、ユイと呼ばれる、組織一の武芸者である。彼はレヴィシアを危険から守ることを第一に考える人間だが、こうした時はまるで無力だった。
眼鏡の青年、ザルツ=フェンゼースもまた、レヴィシアの幼なじみで兄のような存在だ。組織の参謀であり、いつもは厳しくレヴィシアを叱る人間だが、やはり慰めるのは苦手である。
皆、早くルテアが戻って来てくれることを祈るだけだった。
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カラカラカラ、と車輪の音が振動する。
馬車の中でユミラは微笑んでいた。彼はユミラ=フォン=クランクバルド。王家の血を受け継ぐ貴族の少年である。ただし、彼もまたレジスタンス組織の構成員の一人であった。
本来なら、王位に就く可能性のある彼だが、彼自身はそんなものを望まなかった。レヴィシアたちが語る、『王様のいない国』を皆で作り上げることの方が、王になることよりも魅力的に感じられた。
車内には、活動家ロイズ=パスティークの娘のエディアと、シェイン、アーリヒという異国から来た夫婦。そして、その子供であるクオル、おとなしい青年のゼゼフがいる。途中、クオルが一方的にゼゼフに喋りかけていた。時折、あんまりなことを言う息子を、夫妻がたしなめつつも、楽しい道中だった。
けれど、ユミラは一人、会話に参加しながらも考え込んでいた。
それは、レヴィシアやユイ、サマルからの報告内容についてだ。
彼らは、レイヤーナ王国大使、ネストリュート王子の弟に出会ったのだという。
その弟君は、ハルトビュートといい、自分たちが『ハルト』と呼んで親しんで来た人物であった。
彼は家族のもとへ帰ると言った。だから、帰った。
そういうことなのだ。
彼と出会い、自邸で働いてほしいと頼んだのは自分だ。彼になんらかの思惑があって近付いて来たのではない。あの温和な人柄が嘘でないのなら、断り切れずに付き合ってくれていたのだろう。
優しく、あたたかな人だった。
これからは、そんな彼と敵対することになる。
彼らの望みは、この国を手中に収めることだろう。手を取り合うことはできない。
皆が覚悟をしたように、自分もまた、それをしなければならない。
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そして、その二台とはまた別の馬車の中でのこと。
プレナの兄、サマル=キートは傍らの女性に声をかける。
「それで、えっと、レーデさんたちはどこの出身?」
レーデと呼ばれたのは、今回助けを求めて来たレジスタンス組織『ポルカ』のサブリーダーの女性である。編んで前に垂らした、胴のような色合いの長い髪、飾り気のない単色の服。目立つことを避けているせいだろう。特別派手な顔立ちではないが、彼女のどこか翳のある知的な雰囲気に惹かれる男性も多いような気がした。
彼女は実際、有能なのだと思う。王都にいたサマルをひと目で同じ穴のムジナだと見抜き、声をかけて来たのだから。
「私も、リーダーのアランもエトルナよ」
エトルナは、国内東部の港町だ。
「そっか。じゃあ、今はなかなか近寄れないだろ?」
サマルは彼女を気遣うように垂れ目を向けた。何せ、エトルナは現在、レイヤーナ王国大使が滞在している。つまりは、敵兵の本拠地であり、迂闊に近寄ることはできない。
けれど、彼女はゆるくかぶりを振った。
「もともと、戻るつもりなんてないし、それはいいの」
レジスタンス活動を始めると決めた時、彼らは家族とは二度と会わない決意をしたのかも知れない。
「そっか。うん、がんばって乗り切ろうね」
向かいで美しく嫣然と微笑む女性は、シュゼマリア=マルセットという。シーゼの愛称で呼ばれる彼女は、剣士であるのだが、ただいま足を負傷中であり、満足に戦える状態ではない。ただ、置いても来られないので同行しただけだ。艶やかで長い黒髪に薄茶の瞳、美人であるのは間違いないのだが、彼女は近寄りがたさよりもどこか親しみがある。
「シーゼは待機だろ」
そう言った巨漢は、サフィエル=ティーベット――レヴィシアの父、レブレムの後輩であり、活動を支えた仲間である。彼はユイと険悪な間柄なのだが、そのユイと特別な間柄だったシーゼにまでその感情を向けることはなかった。
本当は、最初はそうではなかったのかも知れない。ユイに繋がるすべてが憎いとさえ思うティーベットにとって、彼女も嫌悪の対象だったとしても不思議はない。
ただ、今のような和やかなやり取りができるのは、彼女の朗らかな人柄のお陰だろう。
「わかってるよ。スレディさんのところにでもお邪魔しようかな? フィベルの迷惑そうな顔が目に浮かぶけどね」
フィベルは、武器職人のスレディという老人の弟子である剣の達人である。本職に専念したいのに、活動に引っ張り出された哀れな人でもある。やっと工房に帰れたというのに、災難が追いかけてやって来るとは思ってもみないはずだ。
あはは、と笑い合う彼らに、レーデは複雑な心境だった。
彼らのまっすぐな気性は、アランにとって喜ばしいものなのか、それとも、わずらわしいものなのか。
今はまだ、わからない。
ただ、レーデはこの空気が嫌いではなかった。




