表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Full of the moon  作者: 五十鈴 りく
Chapter Ⅴ

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

167/311

〈2〉海の見える町

 ぼんやりと、彼は海を眺めていた。


 トマス=ニカルド――彼はほんの少し前まで、軍人であった。

 このアスフォテの町に駐屯する一隊を任されていたのだが、とある事件後、自らその職を辞した。それがけじめで、責任の取り方だと上に言った。


 けれど、本当はどうであったのか。

 迷いが生じたと言ってもいい。

 あの時、逃れたレジスタンスを追う手がかりを探すうち、ニカルドは町の声に耳を傾けた。そうして、あのレジスタンスを率いる少女の覚悟を知った。


 幼いながらに、思い描く未来を手にするためにすべてを賭けるその姿勢を、賞賛してはいけないのかも知れない。けれど、簡単に否定することにはためらいがある。

 再びあのような状況になった場合、自分は彼女たちの前に立ち塞がれるのか。そんな風に考えた自分は、もはや軍人としての価値もなく、部下の命を預かれる身ではなかった。


 だから、辞した。

 これからは、武器職人のスレディの手伝いをしながら細々と過ごせたなら、確かに自分はそれで十分だが。


 ――だったら何故、今ここで潮風に吹かれて立ち尽くしているのか。


 防波堤を眺めながら、ぼんやりと波止場に立っていたニカルドの隣に、気付けば枯れ枝のような老人がいた。杖をついているものの、危なげのない足取りだ。

 彼は両手を杖の頭に乗せ、しわの深い顔で微笑んでいた。

 この老人は、スレディの客人である。フーディー=オルズという名前しか知らないが、結構な高齢だ。それでも矍鑠かくしゃくとしているから、頭が下がる。

 ただし、年寄り扱いするとうるさいらしい。

 フーディーはどこか少年のような輝きのある眼で、大柄なニカルドを見上げていた。


「お前さん、でかすぎる。首がおかしくなるわぃ」

「え、あ、申し訳ない」


 慌ててしゃがむが、後にして思えば、謝ることでもなかった。そこに座り込むと、フーディーは遠い目をして一緒に防波堤を眺めた。そして、カモメの声を聴きながら、ぽつりと口を開く。


「ワシの故郷もな、海の見える土地だったんだよ。小さい頃からそりゃあもう、海に慣れ親しんでた。だから、こうして海の見えるところに来ると、不思議と心が安らぐ」

「そうでしたか」


 老人の他愛ない昔話を聴くのも、悪くはない。ニカルドは静かにうなずいた。

 けれど――ただのぅ、とフーディーは嘆息する。


「海はの、時に残酷で、安らぎばかりを与えてはくれなんだよ」


 この町に駐屯している間にも、漁に出て、帰らなかった漁師たちの多さは、ニカルドもよく耳にした。だから、この言葉をそう受け止める。


「そう、ですね……」


 口下手だという自覚はある。上手く返せなかったニカルドに、フーディーは笑みを向ける。


「まるで国のようだ」

「え?」

「恵みを与えてくれることもあれば、時に荒振り、弱者を飲み込む」

「はい……」


 神妙な顔をしてうなずいてみせた。けれど、本当の意味などわかっていなかった。

 その老人の瞳は、ぞっとするほどの深みをニカルドに突き付ける。


「だがの、海は神が創りたもうたもの。国は、人が創ったもの――」


 そこでフーディーは言葉を切ると、まるで少年のように悪戯っぽく笑った。


「そう考えてみれば、国を動かすことなど容易いのではないか?」

「はぁ」

「ワシ、レジスタンスだから」

「え゛」


 思わず、おかしな声をもらしてしまった。

 そんなニカルドを、フーディーはさも愉快そうに笑い続ける。からかわれているのかも知れない。


「お前さん、こんな年寄りに働かせて、自分は軍を退いたからと言って、傍観するつもりか? 嘆かわしいのぅ」

「え、あの……」

「あの娘たちが描く、この国の行く末、この老い先短いワシに見せてくれんかの?」


 そこでようやく思い出した。

 あのレブレム=カーマインの娘と会話していたスレディの姿を。


「まさか、スレディたちも……」


 老人はにやりと不気味に笑った。

 そう、気付けばどっぷりと浸かっていたのだ。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ