〈1〉絶望の花
そこは、世界の片隅に存在する、ブルーテ諸島六カ国のうちのひとつ。
王は死去したまま不在の状態であり、民間から立ち上がった抵抗組織と国軍との内戦状態が続く、シェーブル王国。
その一角、西に位置する港町アスフォテの民家でのことだった。
「ファルス――」
青年は、仲間の一人の名を呼んだ。
彼は黒髪を揺らしてうなずく。そうして、ずれた眼鏡を押し上げた。
「大丈夫。助けは求めたんだろう?」
彼らは今、追い詰められていた。
それは、内乱の平定を援護する名目で、この国に干渉を続ける隣国、レイヤーナ軍のせいである。
内乱を平定した後、レイヤーナはシェーブルを属国として扱うつもりなのではないかと、国の誰もが憂えている。
そんな中、過日、レイヤーナ王国大使の歓迎式典が催された。歓迎など本心ではないにしろ、表向きは友好な姿勢を崩せなかったのだ。
ただ、その結果、この国シェーブル王国に駐屯するレイヤーナ兵の士気が上がり、大使である王子の声に呼応するかのように、動きが活発になった。
それでも、屈してはいけない。
多くのレジスタンス組織は国の未来を憂い、戦い続けるけれど、相手は正規兵、こちらは民間人。力の差は歴然である。
彼らもまた、次第に追い詰められ、隠れることしかできなくなった。
「レーデのことだから、間違いないと思うが……」
橙色に近い明るい茶色の髪をした青年は、仲間の問いに不安げに眉を顰めた。
彼はこのレジスタンス組織『ポルカ』のリーダー、アラン=ファニングスである。とは言っても、この組織は新生であり、彼自身の経験は明らかに不足していた。
ただし、組織の構成員の数は八十人を超す。
今は散り散りに逃げているものの、数だけは多いのだ。
これは、新生組織を寄せ集めた集合体である。そう、つまり、『とある組織』のやり方を真似て、潰される前に組織を大きくした。
ただ、この組織は所詮数を頼みにしたまがい物である。『とある組織』のように粒ぞろいではない。
暴動を起こしたはいいが、後は逃げるしかなく、隠れるにしてもこんな最悪の場所へ逃げ込んだのだ。
まず、リーダーがいけない。
年齢は二十代前半で、顔立ちは整っているものの、どこか瞳に力がない。つまり、見てくれだけのお飾りである。
貴族の出で、見栄えがよい。それだけが彼の価値だった。
ちやほやされて育った彼は、与えられることを当然と、疑いもしない。
ファルスが耳もとでささやいた言葉を鵜呑みにし、それを下へ拡張するためだけの存在。
そして、それをリーダーの器だと信じる構成員たちも大概だが。
唯一、サブリーダーのレーデ=クレメンスだけは頭が回るが、その彼女は助けを要請にしに走っている。彼女がいないと、アランは普段よりも更に情けない。
それにしても、扱いやすかった。
おもしろいように踊ってくれる。
ファルス――ここでそう呼ばれる青年は、内心で嗤っていた。
「少し、様子を見て来るよ」
「え……」
わかっている。アランはファルスの身を案じているわけではない。
自分を守る人間が減るのが怖いだけだ。
「すぐに戻るよ」
安心させるように微笑んだ。アランは、ああ、とうなずく。
この町、アスフォテはレジスタンスに対して好意的だった。こうして隠れる場所も提供して匿ってくれた。
それは何故か。
なんとなく、ファルスには理由が推測できた。
民家を出て、堂々と町中を歩く。
彼は度の入っていない眼鏡を外すと、それを茂みの中に放り投げた。闇夜のような双眸がそこにある。
――種は撒いた。
かつてリッジと呼ばれていた青年は、あの月の名を掲げる一団がどのように踊るのか、遠くからそれを傍観することにした。
そうして、町を去る。
絶望の花は、見事に咲くだろうか――。




