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Full of the moon  作者: 五十鈴 りく
Chapter Ⅳ

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〈40〉すれ違い

 ルテアたちが入浴中に、レヴィシア自身も入浴を済ませた。ゆっくりしている気分でもなく、さっさと上がったけれど。

 薄手のゆったりとしたワンピースに袖を通し、濡れた髪をよく拭く。それから、宿の庭に出た。

ほてった体に夜風が心地よい。髪も乾くし丁度よかった。そのまま中庭でぼうっとしていると、廊下をルテアが歩いて来る。ザルツとはすでに別れたのか、一人だった。

 彼はふらりと玄関の方へ向かった。自分と同じで、風呂上りに夜風に当たりに行ったのだろう。

 一緒に散歩しようと、レヴィシアはルテアの後を追いかけた。


「ルテア!」


 レヴィシアが呼び止めると、ルテアは必要以上に鋭く振り返った。気付いていなかったので、驚いたのだろう。


「散歩なら付き合うよ」


 そう言って横に並んだレヴィシアを、ルテアは少し素っ気なく扱う。


「いや、すぐ戻るから」


 目を合わさなかった。そんな様子が気になり、レヴィシアはルテアの右腕をつかんだ。


「じゃ、行こう」

「おい! いいって!」


 何か、機嫌が悪いような気もした。

 ただ、そう言いながらも、ルテアはレヴィシアを振り払えずに引きずられる。

 田舎の夜は本気で暗い。明かりは月と星。お互いの顔がなんとなくわかる程度だった。


「風が気持ちいいね」


 ルテアは嘆息したようだった。返事がない。

 レヴィシアが疑問に思っていると、ルテアは宿から出て数歩しか歩いていないけれど、ぴたりと足を止めた。それから、レヴィシアの手からすり抜けると、その肩をつかんで、すぐ側の宿の鉄格子のような柵に押し付けた。


「ルテア?」


 レヴィシアが見上げると、肩から離れたルテアの右手が柵をつかむ。ガシャン、と小さく音が鳴った。


「……本気でなんとも思ってないって、残酷だよな」


 一瞬、何故そう言われたのかがわからなかった。

 よく考えてみると、誰もいない夜道を触れ合いながら歩くのは軽率だった。異性として意識していたなら、こんなことはしないと言いたいのだろう。


 ――なんとも思ってないわけじゃない。

 ただ、自然と一緒にいたいと思えた。それだけだった。

 けれど、そう言っても信じてもらえないような気がした。

 その場しのぎの嘘に聞こえてしまうのではないかと。

 まだ、自分の気持ちの整理が付かないから、上手く言えない。

 それを待っていてほしいなんて、虫のいい話だった。

 勝手すぎる自分に、ルテアが怒るのも無理はなかった。


 どうしたらいいのかわからなくなって、気付けば涙が滲んでいた。

 言葉が出ない。

 ルテアはうつむいて、搾り出すように一言だけ漏らした。


「応えなくていいなんて、嘘だ」


 耳元で、ガシャンと古い柵の音がもう一度聞こえる。そして、ルテアの手が離れた。

 レヴィシアはただ、呆然と立ち尽くす。ルテアはそのまま背を向け、闇の中に消えて行った。

 頭が真っ白で、追いかけられなかった。

 その場にへたり込むと、しばらくそのまま呆然としていた。冷静になろうと思えば思うほど、駄目だった。


 ルテアが言うように、自分が悪い。

 そうだとしても、明日からどんな顔をすればいいのかわからなかった。


 皆に怪しまれないように、何事もなかったように振舞える自信がない。

 どうしよう、どうしよう、とレヴィシアは体がすっかり冷えるまでそこにいた。そして、眠れないままに過ごした夜を越え、朝になってザルツから告げられたこと――。


 どんな顔をして会えばいいのか、悩む必要などなかった。


 近くにいることが当たり前すぎて、こんな形で別れなければならないなんて思わなかった。ただ、このぽっかりと胸に空いた穴は、思いのほかに大きくて、痛かった。



 レヴィシアは、プレナに抱き付いて号泣していた。周囲は困惑していたけれど、その涙の意味を、本当の意味で理解したのはプレナだけだった。


 プレナはただ、レヴィシアの気の済むまでそうしていた。こんなにもレヴィシアを泣かせたルテアを、帰って来たら叱ってやろうと思いながら。


 第四章終了です。

 お付き合い頂き、ありがとうございます。

 

 次章、ルテアは出張です(笑)

 レヴィシアたちの本編と、ルテアの単独行動、分けて書こうかと思います。

 よろしければまた、お付き合い下さい。

 では。

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