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Full of the moon  作者: 五十鈴 りく
Chapter Ⅳ

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〈38〉暗雲

 その翌日には、ルテアは起き上がってうろつくようになっていた。足首を捻挫したシーゼとは違い、足は無事なのが唯一の救いだった。

 ただ、出歩くと、すぐにレヴィシアに連れ戻されるのだが、そんな光景も皆は微笑ましく眺めていた。ここはルテアの故郷でもあるため、差し入れなどを持って来てくれたり、レジスタンスの仲間たちに寝床を提供してくれる人々もいて、随分助けられた。


 手痛い失敗の後の休息は、平穏に流れた。

 けれど、それを破ったのは、皆よりも一日送れてやって来たサマルである。


「うわぁ、ルテア大丈夫か? こりゃ、しばらくは無理できないな」


 骨折した腕を吊ったルテアは苦笑する。サマルは少し言いにくそうに切り出した。


「ルテアもシーゼも怪我してるし、戦力が低下してる時になんだけどな、実はちょっと頼まれたことがあってさ」

「戦力が必要か?」

「うん。新生のレジスタンス組織が、逃走を手伝ってくれって」


 それを聴き、ザルツは嘆息する。


「またか」

「ああ、特にレイヤーナ軍が、歓迎式典が終わってネストリュート王子の威光が示されたから、レジスタンス狩りとか、張り切ってるらしくて」


 本格的にレジスタンスの撲滅に動き始めたということだろうか。

 助けて、その組織と共闘できることが最善だが、それなりのリスクもある。駆け出しの頃とは違って、大所帯の今となっては、組織を広げるために無理をする必要もないのかも知れない。それでも、結局、見捨てる選択もできない。


「どの辺りだ?」

「アスフォテだって」


 うぇ、とレヴィシアは思わずもらしていた。以前、あそこで駐屯兵に捕まってしまったのだから。正直に言って、しばらくは近寄りたくない。

 それに、今のルテアにあまり長旅はさせたくなかった。だからといって、置いて行きたくもない。

 ザルツは少し考え込む。


「フィベルには悪いが、もう一度あてにさせて貰うか」


 そこで、彼はティーベットからの報告を思い出した。


「そういえば、あの時の駐屯兵の隊長、除隊したそうだな。それで、今はスレディさんのところにいるらしいが?」


 多分、辞めた原因は、レヴィシアを取り逃がしたせいだろう。


「それって、まずくない? あたしたち、顔覚えられてるよね?」

「そうなんだよな。でも、もう辞めたんだし、いいんじゃないかとは思うんだけど。まあ、そこは俺が様子見てみるから」


 サマルの言葉が切れた時、何故かクオルが首をかしげた。


「そういえば、フーディー帰って来てないよね?」

「あ、ほんとだ」


 あまりの慌しさに忘れていた。そんなレヴィシアに、ティーベットは豪快に嘆息した。


「フーディーとスレディ、あのジジイたちに挟まれてるあの男に、俺は同情するけどな」

「うわぁ……」

「フーディーもそろそろ回収しないとな……」


 サマルは頭を掻きながらそう言う。そうだな、とザルツは頷き、それから皆の顔を見回した。


「まず、体勢を整える。出立は明日か、遅くとも明後日だ。準備するものがあれば早めに整えてくれ」


 そうして、会議は終了した。




 そのすぐ後のこと。

 ルテアを尋ねて来た人物がいた。彼は仕立て屋の店主で、ルテアの父のホルクや、彼のいとこのラナンのこともよく知っていた。ルテア自身も世話になっていたし、今回も何度か見舞いに来てくれていた。


「ヨハスさん? 顔色がよくないな」


 宿の玄関先で、ルテアは彼の顔を覗き込む。

 けが人のルテアに心配されるほど、彼の顔は土気色になっていた。たるんだ頬をぷるぷると震わせ、彼は言う。


「俺はなんともないよ。けど、お前の仲間に医者がいただろ? 見てほしい人がいるんだ」


 トイナックには、医者と言えるほどの人物はいない。だから、アーリヒがいる今、診てもらえるいい機会だと思ったのだろう。


「病人か? アーリヒさんに頼んで来るよ。どこに行けばいい?」

「あ、ああ、ありがとう。でも、病気じゃなくてけがなんだ。……じゃあ、うちの店まで」


 そう言い残し、ヨハスは薄暗くなった道を小走りに戻って行った。アーリヒの部屋は二階の一室だ。ルテアが階段を上ると、階段の上でレヴィシアが待っていた。


「話、終わった?」


 まっすぐに自分を見つめて来る。このところは、自分といる時間が一番長いのではないかと思う。

 けがが癒えるまでのことだというのに、時々、都合よく勘違いしてしまいそうになる。

 そんな気持ちを押し込めながら、ルテアはつぶやいた。


「うん、アーリヒさんにけが人を診てもらいたいんだって」

「けが人? じゃあ、急がなきゃ」


 レヴィシアの方が慌ててアーリヒの部屋のドアを叩き、アーリヒに何か説明している。


「それで、けが人はどこだい?」


 落ち着いたアーリヒの声に、レヴィシアが絶句する。詳細は知らないのだ。ルテアの方を向き、どこ? と尋ねる。


「俺の知り合いの家。案内するから、頼むよ」

「ああ、じゃあ行こう」


 アーリヒは器具の入ったカバンを持ち、クオルたちに留守番を言いつけて部屋を出た。一応、ザルツに報告すると、帰りは遅くなるかも知れないならユイも連れて行くようにと言われた。

 結果、四人がヨハスの店に向かう。



 そこは開業して二十年くらい経つ仕立て屋だ。入り口の戸が少しはげかけていて、それが歳月を物語っている。

 ヨハスは早速四人を奥へと上げた。入ってすぐの、店の中の長いソファーに、けが人は寝かされている。その傍らで心配そうに座り込んでいる小柄で痩せた女性は、ヨハスの妻だった。


「来てくれたぞ、もう大丈夫だ」


 ヨハスがそう声をかける。彼の妻はほっと息をつき、会釈して後ろに下がった。アーリヒは素早くけが人の側にしゃがみ込んだ。

 年齢はヨハスよりも少し若いくらいだろう。日に焼けた顔をした、中肉中背の男性だ。


「アタシはアーリヒ、医者だよ。アンタ、名前は言えるかい?」


 男は、何かぼそぼそと答えた。意識はあるようだ。アーリヒは男にかけられていた薄手の布の下から、彼の手を取って脈を計る。

 それから、布をずらし、てきぱきと体を調べた。彼の体は痣だらけだった。素人のレヴィシアが見てもわかる。これは暴漢に袋叩きにされた痕だろう。

 ふぅ、とアーリヒは息をつくと、ようやくその場の時間が動き出したかのようだった。


「大丈夫だよ、トイルさん、今は節々が痛いだろうけど、すぐに楽になる」


 そうして、アーリヒは彼の傷を消毒し、薬を塗り込む。その間に、レヴィシアはヨハスに尋ねた。


「あのけが、どうしたの? 誰のせいなの?」


 ひどいことをする。仕返しをするのではないが、繰り返さないようにその相手に注意する必要はあると思った。すると、ヨハスは斜を見遣りながら、あまり口には出し難そうに呟いた。


「――クラウズ。彼らにやられたって」


 その一言で、ルテアの表情に緊張が走る。ユイは記憶をたどり、その名を思い起した。


「クラウズ……確か、山賊の類だったか。この近くのタルタゴ山の一角に居を構え、そこを通行する旅人を襲うとか? 地の利によってか、討伐にやって来た軍をも退けて、国としても手をこまねいている状態で、内戦の激しい今は何の対策も講じられていない。その領域には迂闊に近付かず、警戒しろという通達があるだけだった」


 その領域に足を踏み入れ、彼らを刺激しないこと。それは、この辺りを旅する上で当たり前の常識だった。トイルという男は、その領域を侵したのだろうか。

 けれど、その疑問に、ヨハスが首を振る。


「トイルはその場所には行っていないんだ。ただ、クラウズが段々と領域を広めているのか、随分下まで下りて来ている。このままだと、このトイナックまでもが、いつか襲われるのかも知れない」


 ヨハスは口にしてしまってから、その恐ろしさに身震いした。山で暮らす彼らは、強靭な肉体を持つ。安穏と暮らしている彼らでは相手にならないだろう。

 レヴィシアたちは顔を見合わせた。


「ほっとけないよね」

「そうだな」


 ユイは少し考え込んでから言った。


「とりあえず、帰ってからザルツに相談するか」


 アーリヒは治療を終え、替えの包帯と薬を渡したが、金銭は要求しなかった。トイルは暴行の末に財産をかすめ取られたらしい。金銭は持ち合わせていないのだ。ヨハスが払うと言い出したが、それは断った。



 そうして、四人は宿に戻る。

 その時のルテアの思い詰めた表情が、レヴィシアは気になった。故郷の危機だ。何とかしなければと思いつめているのかも知れない、と。


 薬代、組織のお財布(ザ○ツ)から出ました(笑)

 山賊の出る山は、一章の始めで移動した場所の、町を挟んで反対側です。


 四章、後二話です。

 よろしければお付き合い下さい。

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