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Full of the moon  作者: 五十鈴 りく
Chapter Ⅳ

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〈37〉心まで

 レヴィシアは、トイナックで唯一の宿の一室で、ただひたすらにルテアの回復を祈っていた。ユイたち他のメンバーは隣室で話し合っているが、レヴィシアだけはルテアに付いていたいと頼んだ。誰も、それを止めなかった。


 ルテアは新しく買って来た寝衣に着替えさせ、きれいに血を拭われている。手当ても施され、身綺麗にはなったものの、小さな擦り傷がたくさんあった。頬にも綿布が貼り付けられてる。伏せられた睫毛は呼吸に合わせて動くだけで、開かれる兆しはない。


 レヴィシアは両手で、ルテアの右手を包み込むように握った。思っていたよりも、こうしていると手が大きいことがわかる。ただ、ひやりと冷たくて、その温度差に心が痛んだ。

 もし、頭を打っていたらどうしよう。目を覚まさない可能性だってある。

 そんな不安との戦いだ。


「お願い……」


 口をついてそんな言葉が出る。祈るような姿勢で手に力を込めた。

 何も覚えていなくても、馬鹿な自分をもう好きでいてくれなくていい。

 目を覚ましてくれるなら、それだけで――。


 

 どれくらいか、そうしていた。

 重く苦しい時間だった。

 けれど、全部自分のせいだ。苦しいのはルテアの方だ。

 自分の額にルテアの手を押し当てるようにして祈っていた。それから、再び顔を上げて彼の顔を見た時、その緑色の眼がうっすらと開いていた。


「ルテア!!」


 レヴィシアは思わず立ち上がる。椅子が勢いで後ろに倒れたけれど、そんなことはどうでもよかった。

 彼はゆっくりとまぶたを持ち上げ、首をレヴィシアの方に向けようとして顔をしかめた。体のあちこちが痛むのだろう。レヴィシアは手を握り締めたまま、その顔を覗き込んだ。


「あたしのせいで、ごめん……でも、シーゼを助けてくれて、ありがとう……」


 泣かないでいようと思った。なのに、声に出すと感情が抑え切れず、熱くなった目頭から涙がぽたぽたと落ちる。その雫が、シーツの上に吸い込まれた。

 未だ状況が飲み込めていないのか、ルテアは虚ろな目を向ける。けれど、しばらくして、安心させようとしてなのか、そっと微笑んだ。


「お前は大丈夫か?」


 そんな風に気遣ってもらう資格なんてない。


「大丈夫じゃないのはルテアの方でしょ! あたしの心配なんてしなくていい!」


 かすれた声で叫んでいた。すると、ルテアは悲しそうな目をした。


「俺のことなら気にしなくていい。……気にしてほしくないんだ」

「でも!」


 ルテアは小さくため息をつく。それから、レヴィシアが握り締めている右手の指を軽く動かした。


「この状況だと、涙を拭ってやれないから、泣かないでくれないか?」


 レヴィシアはルテアの手を解放すると、両手で自分の涙を乱暴に拭った。ルテアは折れた左腕を庇いながら、なんとか上半身を起こすと、改めてレヴィシアの顔をまっすぐに見据えた。


「シーゼに何かあったら、お前は自分のことが許せなかったはずだ。だから、絶対に助けたかった。これ以上、傷付くところなんて見たくなかったから。今の俺の状態は、俺の判断で、お前のせいじゃない」


 何も答えられなかった。

 拭ったはずの涙がまたあふれ、今度はためらいがちに伸ばされた手が、優しく頬に触れる。


「言っただろ、守りたいって。俺は心まで守りたいから」


 この時、自分の中で何かが大きく動いた。


 どうして、こんな自分を大事に想ってくれるのだろう。

 ほとんど衝動的に、レヴィシアはルテアの肩に額を押し付けるようにして、声を上げて泣いていた。

 悲しかったからなのか、嬉しかったからなのか、それさえわからなかった。

 ただ、押し寄せる感情に付いて行けなくなった。

 無理をせず、吐き出してしまえば、先に進むことができるだろうか。

 そんな間もずっと、ルテアの右手はそっとレヴィシアの髪に触れていた。



         ※※※   ※※※   ※※※



 それから二日が経過すると、続々と仲間たちがトイナックに集結した。

 ただ、フィベルは一度帰ると言って利かず、一人アスフォテのスレディの工房まで帰ってしまった。今回の功労者なので、さすがに無理を言って引き止められない。メンバーたちは、彼のぼうっとした顔に何度も礼を言って別れる。


 そして、医師であるアーリヒが到着し、一同はほっと胸を撫で下ろした。このトイナックは閑散とした、人のまばらな土地であり、正式な医師がいなかったのである。

 アーリヒもあのおじいちゃん先生同様、骨折はしているものの、安静にしていれば問題ないと言ってくれた。


 その後、レヴィシアは、ザルツに再会した瞬間に血が凍るような思いを再び味わった。

 それでも、自分のしでかしたことを隠し通すわけにはいかない。告白することが苦しいからこそ、自分の口から一言一言を搾り出して説明した。

 自分の暴走のせいなのだから、どんな叱責も覚悟しなければならない。

 傍で聴いていたプレナは、心配そうにレヴィシアとザルツを交互に見遣る。そんな中、ザルツは真顔でうなずくと、静かに言った。


「何度も言うが、俺に叱られて決着を着けようとするな」


 しょんぼりとうな垂れたレヴィシアに、ザルツは嘆息する。


「お前は短絡的で、すぐに暴走する。その結果で人を傷付けたとあっては、俺が何かを言わなくても反省しているはずだ」

「……うん」

「二度と繰り返すな。俺が言えるのはそれだけだ」


 ありがとうなんて言ったら、多分怒られる。けれど、そんな気持ちだった。

 けれど、ザルツはただ、と言葉を切る。


「ルテアの面倒は、お前が責任持ってちゃんと看ろ」

「それはもちろん!」


 張り切ったレヴィシアの行動が裏目に出なければいいが、とプレナは心配しつつも少しほっとしたのだった。


 ルテアは基本的に背伸びしてます(笑)

 格好付けたいお年頃ということで。

 ただ、告白したタイミングも、ちゃんと考えてのことでした。

 ユイとシーゼのことで頭がいっぱいのレヴィシアは、見ていていられなかったのですね。自分の気持ちを伝えることで、二人のことから意識をそらせられれば、とレヴィシアのことを思い遣ってのことで。

 それがなければ、当分言わなかったでしょう。

 彼なりに、がんばってます。

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