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Full of the moon  作者: 五十鈴 りく
Chapter Ⅰ

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〈14〉異邦の人


 色彩を欠いた、モノクロームの屋敷。

 それがこのルイレイルの領主館だった。

 外を囲む柵も、それに連なるアーチも黒色の鉄で、造りは繊細な透かしの模様だったけれど、どこか冷たい印象だった。そう感じてしまったのは、色に乏しいせいだろうか。庭もこざっぱりとしていて、草木はあるものの、鮮やかな花は咲いていなかった。


 この建物を人に例えるなら、間違いなく男性で、それも厳しい人だとレヴィシアは思う。

 柵が、町の外壁と同じように、その空間を切り離しているように感じられた。

 それらが、この屋敷の主の人間性のようにも思える。


「……ここが?」

「らしいな。領主まで抱き込んでるなんて、とんでもないな。まあ、その資金援助がなければ、『ゼピュロス』のような大所帯を支えて行けなかったか」


 ラナンもそう言って屋敷を眺めていた。そうしていたかと思うと、ちらりとレヴィシアを見やる。

 その視線に気付き、レヴィシアは首をかしげた。


「どうしたの?」

「いや、なんでもない」

「?」


 ラナンは笑って、それ以上何も言わなかった。

 けれど、それを気にする間もなく、背後からやって来た女性がレヴィシアたちに声をかけた。


「アンタたち、そんなところに突っ立ってたら、邪魔だよ」


 きつい口調と声。意思表示のはっきりとした性格が、そこに現れているようだった。

 レヴィシアたちはいっせいに振り返る。

 赤い髪をバンダナでひとつに束ね、簡素で動きやすそうなパンツスタイルがよく似合っている女性だった。飾り気はなく、背筋のよさやきびきびとした歩き方に妙な迫力があった。

 同性のレヴィシアでも、格好がよいので見ほれてしまう。


「レヴィシア=カーマインとその連れだろ? 入るなら、早くしなよ。目立つと迷惑だ」


 その一言で、彼女もレジスタンスなのだと知れた。

 中に入る女性に続き、レヴィシアたちも、見てみぬ振りをする番兵をすり抜け、中に足を踏み入れた。そうして、レヴィシアは女性に誰何すいかする。


「あ、はい。……あなたは?」

「アーリヒ」

「アーリヒさん?」


 珍しい名前なのに、どこかで聞いたような気がする。レヴィシアはそれを思い出すよりも先に、アーリヒのシャツの袖口に付いたどす黒い染みを見付け、思わずその手を取った。


「血が……! けがをしてるの?」


 すると、アーリヒは動じることもなく苦笑する。


「ああ、これはアタシの血じゃないよ。アタシは医者でね。治療した時に付いたんだ」


 アーリヒの血ではないとしても、けが人がいることに変わりはないのなら、よかったとも言えない。そんなレヴィシアの心境を読み取り、アーリヒは続けた。


「命に別状はないし、後遺症が残るようなものでもない。ただのけんかだ。痛い目見て、これで懲りればいいんだよ」


 そう添えた言葉で、レヴィシアがほっとすると、アーリヒは柔らかく微笑んだ。取っ付きにくそうに見えた雰囲気が薄れる。


「聞いていた通りだね」

「え?」

「そう。クオルがね、アンタが自分のことを、体を張って守ってくれたんだって言ってたから」


 そこでようやく、アーリヒが何者なのかに気付けた。


「もしかして、アーリヒさんはクオルのお母さん?」


 アーリヒは、ああ、と言ってうなずく。


「うちの馬鹿な男共が迷惑をかけたね。馬鹿な亭主と、日に日にそれに似て来る息子が人騒がせで困る」


 言われなければ、多分気付かなかった。アーリヒはあんなに大きな子供がいるとは思えない。きれいでスタイルがいい。

 一本筋が通っていて、ものごとに動じないこの母親に、きっとあの二人は頭が上がらないのだろう。そう、容易に想像ができた。

 

芝生の上を横切り、屋敷の裏手に回る。使用人用の入り口だろうか。

 飾り気のないその扉を開くと、中は質素な打放しの壁と床の通路だった。その通路で、クオルが待ち構えていた。レヴィシアを見て、ぱっと顔を輝かせる。


「レヴィシアちゃん!」

「あ、クオル」


 クオルは無邪気な微笑を浮かべ、レヴィシアの腰に抱き付いた。その頭を、すかさずアーリヒがこぶしで殴る。


「この馬鹿息子!」


 けれど、クオルは慣れているのか、そのままの体勢で少しうなっただけだった。むしろ、抱き付く腕の力を強くし、レヴィシアの陰に隠れる。アーリヒは思わず嘆息した。


「すまないね。この子、女の子大好きだから。抱き付いて来たら、いつでも殴っていいよ」


 あはは、とレヴィシアは乾いた笑いを浮かべた。

 そんなクオルを、ルテアはじっと見やって、それからつぶやいた。


「あんまり似てないな」

「クオルはお父さん似よね。でも、三人そろって髪の色は赤くて、珍しいね」


 特に、父親のシェインの髪の色は、鮮やかなものだった。

 すると、赤毛の親子は顔を見合わせた。アーリヒはそれから口を開く。


「ああ、アタシたちのいた国では赤毛が多いんだ」

「ボクたちはね、去年、キャルマール王国から引っ越して来たんだよ」


 ひとつの謎が氷解すると、もうひとつの謎が浮上する。

 それを口に出したのはルテアだった。


「外国人がレジスタンス? この国の問題なのに?」


 アーリヒはその言葉に対し、クスリと一笑した。


「目の前で苦しむ人がいて、それを助けたいと思った。そんな気持ちに、出身が関係するかい?」


 とてもまっすぐな視線と気持ちの人だ。

 間違ったことは間違っているといい、そのままにはせずに正そうとする。

 そんな母の姿に、クオルは小さくぼやいた。


「お母さんって、正義感がやたら強くて、自分がおかしいと思ったら、ケンリョクとか無視しちゃうから、お陰で住みにくい思いばっかりして来たけど、まあ……そういうトコ、嫌いじゃないよ」


 アーリヒは生意気な息子の額を小突く。クオルはよろけたけれど、笑っていた。

 ――あたたかい。

 故郷を去ってこの地にやって来るには、何か事情があったのかも知れないが、どこに在ろうと、幸せな家族なのだと思う。



 そんな光景を目の当たりにし、ルテアはラナンの言葉を思い出していた。

 最初から制限なんてあってはいけない。

 この国を想うなら、誰だって同じなのだから。

 外国人であろうと、なんであろうと、この国を居場所だと感じて救おうとするのなら、立派な仲間なのだ。

 ようやく、その言葉の意味がわかったような気がする。


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