〈34〉歓迎式典
ザルツとユミラは、式典の貴賓席にいた。クランクバルド公爵はまだ到着していない。
それでも、ユミラに対し、権力に阿る者共が次々に話しかけて来る。ユミラは卒なく、その媚びへつらう者への対応をしていたが、心にもない賛辞に、内心ではうんざりしていることだろう。
彼が次期国王となる可能性も、自分たちがしくじれば否定できないのだと、ザルツは思う。
彼は利発で、心優しい。きっと、立派な王になれる。
けれど、同時に苦しみ続けるだろう。
理想と、現実と、揺れ動く心に。
だから、そんな未来は必要ない。
レヴィシアが言うように、孤高の存在になど、したくない。
肩を並べ、共に歩む未来を選びたい。
ユミラに近付くことすらできなくなったザルツは、自由に動き回ることにした。高いバルコニーから式場を見下ろす形となる。
レヴィシアたちの行動がどの程度成功したのか、まだ情報はない。ただ、ネストリュート王子の到着時間が予定通りだとするなら、失敗したと見るべきだろう。
式典を前に、プレッシャーをどれだけ与えられたか。こちらの意志を伝えられたか。
それから、皆は無事に逃げ切れたのか。心配は尽きない。
続々と埋まって行く会場を一望しながら、ザルツは気を引き締めた。そんな彼に声がかかる。
「何か、お気付きの点でもありますか?」
穏やかな口調だが、雷にでも打たれたような畏怖を、姿を見る前から抱かずにいられなかった。弾かれたようにザルツは振り返る。
武官の正装――祭典用の制服だ。深い緑と白に金の飾りボタン。そして、彼の胸にはたくさんの勲章があった。
精悍な面立ちに、見覚えがある。それは、『彼』の数十年後の姿のようだと。
名乗られる前から、彼が何者なのだかわかってしまった。随分似ているのだな、と。
「フォード将軍……ですね。お初にお目にかかります」
将軍は片眉を跳ね上げた。
「おや、よくご存知だ。あなたは?」
「ザルツ=フェンゼースと申します。式典に――いえ、この国の行く末に興味があり、クランクバルド家のユミラ様に無理を言って便乗させて頂きました」
正直なザルツの言葉に、彼は苦笑する。
「なるほど。フェンゼース家の方でしたか。あれからご苦労もされたことでしょうな。あなたが国の行く末に込めるものは、きっと並の想いではない。そう思います。今更、何を言ってもあなたの気が安らぐとは思えませんが、陛下も悔いておられたのですよ」
とっさに、答えられなかった。渦巻く思いが、言葉にならない。
「……昔のことは、もう」
将軍は無言でうなずき、ザルツの隣に並んで式場を見下ろした。それは、遠い目だった。
「いずれ、レイヤーナに限らず、他国がこの国を飲み込むかも知れません。陛下亡き今、この国は国家として機能しておりませんから。ネストリュート王子はすばらしい方だとお聞きします。この状態を続けるくらいなら、いっそレイヤーナとの統合も悪くはないのかも知れませんな。……民意は、どこへ向かうのでしょうか?」
唖然としてしまうような内容だった。
どこまでが本心なのだろうか。
重鎮たちは最低限の政を取り繕い、治世をかろうじて繋いでいる。ただ、こんな状態に先がないことは事実だ。
公爵も、わかっている。限界が近い、と。
けれど、国の誇りとまで謳われた彼が、この国が飲まれて行く未来を、そう易々と受け入れてしまうものなのだろうか。どうして、諦めてしまうのだろう。
もう少し、踏み込んだ話がしたいと思った。
それは危険なことだというのに、ユイによく似た風貌にほだされてしまったのかも知れない。
けれど、その会話は強制的に打ち切られる。
「父上」
背後から声がかかった。二人が振り返ると、声の主はザルツを観察するような目を向けた。その顔に見覚えがないせいだろう。
彼を父と呼ぶのなら、ユイの兄弟ということになる。一見して、年齢は二十代半ばから後半くらいか。ただ、こちらはあまり似ていない。母親似なのか、どこか違う。どちらかといえば、凡庸な青年だ。
「これは愚息です。――どうした、ご到着されたか?」
「はい。すぐそこまで。そろそろ、お出迎えに」
将軍はザルツに微笑む。
「では、私はこれで」
「将軍の貴重なお時間を割いて頂き、恐悦です。また、お会いできる日を楽しみにしております」
去り行くその背中を、ザルツは見つめていた。彼の息子も、ザルツに一礼してから後に続く。
次に会う時があるとしたら、それはいつか。どんな状況であろうか。
戦うことになるのだと、それだけは避けられないことだと思う。
そして、ネストリュート王子が到着したということも、ザルツのため息が深くなった原因だった。
到着は、遅れたとは言えない、多少の誤差だ。つまり、作戦は失敗したと考えた方がいい。
今はただ、皆の無事を祈った。
※※※ ※※※ ※※※
その頃、サマルは沸き立つ群衆の中に埋もれていた。噂のネストリュート王子をひと目見ようと、式場の周囲には野次馬があふれ返っている。式場は城門前広場だ。群集の立ち入りは限られており、警備に当たっている兵士たちが点々としていた。
サマルに限らず、非戦闘員は散り散りに紛れ込んでいる。サマルはそんな中で群集の不安を煽るように口を開いた。
「うわぁ、すっごい人だかりだ! 身動きもろくに取れないし、こんな時にレジスタンスの襲撃とかあったら逃げられないな!」
ざわざわとさんざめく群衆の中で、不思議とその声は大勢の耳に入り、不安は伝播する。周囲の浮き足立った空気が一瞬にして冷えた。
「え? まさか、そんな噂でもあったの?」
女性のよく通る透明な声が上がる。エディアだった。サマルとは他人を装っている。
「でも……ありそうで怖い。私、やっぱり帰ろうかな」
これはプレナだ。ざわざわと、大衆は彼らに踊らされて行く。
ただ、この時点で帰る者は少数だった。やはり、好奇心が勝るのだ。狙いはそこではなく、これは仕込みに過ぎなかった。
実はユイ、次男です。




